2016SS
たちばな まこと

海に行きたい
夏の海に

あなたとの強い想い出の大抵は冬で
冴え渡る多摩の空の下から富士を望んだり
電車に揺られ詩的なものを探しに出たり
さよならを言えずに雑踏で握手を交わしたり
冷めない日焼けをなぞったのも
チェロを抱えて降り立つあなたを迎えたのも
冬で
針の刺さった生成りの布を鞄に忍ばせ渋谷のカフェで
長いメールを打つ冬の日々が
公開された日記に綴られている

風邪をこじらせたあなたを置いて
足早に家を出る
冬模様のタンブラーから紅茶を啜る
香る、桃、時計草の実、蜂蜜、湯気にのり、下りホームへと
密やかに火傷を負う
いつも会う無口な人々の背中を見ながら
日常になった生活を噛み締めることが私には
祝祭だから
心はいつも思う季節を舞うことができる
あなたの今日に心地よい春や夏をあなたが
手のひらで左から右へ空(くう)をなぞるだけで
もたらすことができる

待ちきれず
その胸に左右の指先を刺し、切り開くビジョンがあるとして
かなしい言葉が吹きすさぶその中へ
凍える原野で仕事をはじめる
春や夏の色を織り、ラフを描き、立体に裁ち、仕立てる
一筆、一針
それから瞬きをする
拍手の海が拡がる
ランウェイに
機嫌の良い幼子の笑い方を真似、おどけ、可笑しなダンスを
見せるあなたがいる
色は光に生かされていること
心は生が動かすこと
受け入れて欲しい
科白はもたらすことができる
夏の海だ




自由詩 2016SS Copyright たちばな まこと 2016-02-05 22:35:06
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