風の寅次郎
服部 剛



「柴又ぁ〜、柴又でございます」

京成の電車を降りてかわら屋根の駅を出ると
前方には旅に出てゆくとらさんの像がりんと立ち
柴又の町を振り返り、みつめている

店の前の木椅子に座り
目玉焼きをのせた焼きそばを口にかきこんでいると
隣に座っていた太った金髪の女が
その隣の気弱そうで猫背の男に
がなり声をまくし立てている

「何度言ったらわかるんだコラ!
 おめぇは聞いたことが
 右の耳から左の耳へ
 つーーー
 と新幹線並みに抜けちまうでねぇか!
 今度同じこと言われたら
 ただじゃあおかねぇぞ!コラ!」

「・・・聞いてるよぉぅ・・・」

そんな二人から少し離れたところで
とらさんは
黙った背中をこちらに向けていた



午後一時
柴又駅の改札口で待ち合わせた僕等は
道の両端に古い店が並び、にぎわう人々の間をぬけて
醤油しょうゆの匂いがただよう帝釈天参道を歩き
とらさんの実家のだんご屋をちらと覗けば
今にも妹のさくらが
「いらっしゃいませ!」
と店の奥の部屋から笑顔を見せてくれそうで
美味しいと噂のだんごに後ろ髪を引かれながらも
僕等はまっすぐに題経寺の門をくぐり
金色の柄杓ひしゃくで汲んだ水で手を清め
賽銭箱に小銭を投げて、ひとりずつお祈りした

葛飾区民センターの和室で
僕等は持ち寄った詩をひとりずつ朗読した

ある者は

「人間はそれぞれに
 どこか不完全な楽器のまま
 自分らしく奏でる音色は美しい」

と読み

ある者は

「今夜はひときわ星の輝く夜だ
 寂しい背中で家路に着く全ての人に
 星が優しく笑いかけたらいいな」

と読み

ある者は

「お寺でお祈り終わったら、かくれんぼしよ!
 と言って賽銭箱の前で
 ぎゅっとあわせた手をおでこにあてている
 男の子と女の子の後ろから
 仏さまのまなざしのような
 あたたかいざしが降りそそいでいる」

と読み

畳の上でくつろぐ僕等の
それぞれの胸に
翼の生えた言霊達が
流れるように吸い込まれていった



午後四時半
僕等は借りていた和室を
いくつもの手ですみやかにかたずけ
葛飾区民センターを出てから僕は

「とらさんの気分になってきます」

とひとりはぐれて皆の笑顔に見送られながら
江戸川の土手を登って
ゆったりとした川の流れをみつめながら
遠い空の下で今日も
影では口を結びながら
人前ではけなげな花となり
笑顔を咲かせているひとのことを想った

後ろから風が吹いてきて
映画の中のとらさんが
ふぅわりと透けた体で現れて
土手にしゃがんだ僕の隣に腰を下ろした

「なあに寂しい背中してんだい、
 いいか、好きな女ができたらな、
 相手がどう思うかより、
 こっちが女を想ってやることが
 だいじなんだよ」

「愛情なんて、たやすく育つ花じゃないんだから、
 うまくいかない時があってもあきらめず、
 そっと水をそそいでやるんだよ」

「俺の生き方かい・・・?
 なあに、人生長く生きても夢みたいなもんだから、
 自分らしく生きただけよ」

そう言い残して
風になったとらさんは
向こう岸へ消えてゆくと
川の水面みなもは静かにざわめき
流れは少し早くなった

見上げた青い空には

雲がひとつ

ふわりと浮いていた




皆からはぐれた僕は
再び落ち合うために柴又駅まで戻って
緑の公衆電話で
友達のはるちゃんの携帯電話の番号を押して

「今ねぇ、とらさんの像の近くにいるんだけど・・・」

受話器を置いてから
とらさんの足元に飼い猫のように
ごろにゃんともたれて座り

「とらさん、今日はいい一日でした・・・」

と足元からとらさんを見上げると

「ごん」

固いコートの風になびいたところに頭をぶつけ
「いてててて・・・」とひとり頭をかかえた

もう一度とらさんを見上げると
空から数滴の雨粒が降ってきて
僕のほっぺに冷たく落ちた

打ち上げをしている近所の飲み屋から
漢字の違うふたりのはるちゃんが
僕を迎えに来てくれた

ふたりの後についてゆき
僕は後頭部をさすりながら
皆のいる飲み屋の暖簾のれんをくぐった

カウンターに並んだ無人の椅子には
とらさんの面影がひとり座って
酒を飲んでいた

店内に流れる有線放送の音楽は
SMAPの、友達のうたがさわやかに流れていたが
僕の胸の内側では
何故か

「今日も〜涙の陽が落ちる・・・」 *

と、とらさんの歌声がいつまでも流れていた

江戸川の水面にゆらめく夕陽のような
胸にしみる
あの あたたかい 歌声が


   

   * 映画「男はつらいよ」のテーマソングより引用。




自由詩 風の寅次郎 Copyright 服部 剛 2005-02-21 17:22:06
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