Miz 14
深水遊脚

 この時期、雪山での遭難は多い。日が暮れて警察、消防、自衛隊などによる捜索が打ち切りになったり、吹雪のために彼らが動くに動けなくなったときがウチらの出番だ。彼らのようなオモテの人たちは自身が遭難したり、危険な目に遭ったりしてしまうと、あれこれ都合が悪いので、見えないところで見えないようにウチらみたいなヤクザモノが動いている。こちらには極限状態での訓練ができるというメリットもあり、一定の数の依頼を受けている。まあ我々も便利屋に成り下がらないよう、それなりの報酬は頂く。本当なら行政がしなきゃいけない仕事なのだから当然だ。そのあたりの交渉はボスの幸政さん、さらには幸盛さん、春江さんという強烈な方々が当たっていて頼もしい限りだ。

 午後5時30分、日没による視界不良のため捜索打ちきり。遭難者は雪崩に巻き込まれた登山客。2名は午後の捜索で救出されヘリで病院に搬送されたが、依然として6名が行方不明。うち1名が子供、1名が高齢者。警察・消防の合同捜索班からの引き継ぎによればそういう状況だった。ウチらに依頼があるくらいなのでそれなりの重要人物だろう。まあこれは憶測。一度ウチらに救出を任された人の命を計りにかけるような真似はしない。それくらいのプライドは、ウチらは例外なく持っている。ただ、重要人物の場合は妨害が入ることが屡々あるのだ。それに対する警戒を怠れないという事情がある。本当は必要のない戦闘が求められたりするので、危険度によっては俺みたいなのも駆り出される。今夜はサード・ステージの訓練生2人を連れている。

「遭難者の救出という任務が最優先だ。教えた通り、人間の身体が発する微弱なサインを見逃すな。その発信元は経度・緯度の情報とともに直ちにメッセージ・アローで共有しろ。体温はある程度、ソウル・シールドで守れ。しかしこれが訓練だということを忘れるな。特殊能力は無限ではない。お前たちみたいなヒヨッコなら尚更だ。 自分の体を守る為だけに使い過ぎるな。妨害者として特殊能力者が現れるかもしれん。お前たちに倒す力はないと考えろ。俺にアローで知らせろ。」
「了解です。間城さん。」
「冬山での登山ルートは限られる。生存している同行者の話から最後に遭難者の生存が確認された地点もわかっている。その地点からの移動と、雪崩の力が加わって流されることが予想される範囲を真っ先に探索する。ソウル・ソニック・サーチで一通り探索しろ。それで遭難者を発見できない場合、島崎は探索の範囲を広げろ。度会は確率の高いエリアに留まりもう一度探索するんだ。」

そう命令して解散した。無論俺もソウル・ソニック・サーチで探索するがそれと並行して、先程から潜む怪しげな2体と思われる思念を意識している。メッセージ・アローの通り道を確保するために俺ら3人は極細の糸で繋がっている。そこを通じて余計な思念が流れないように気を付けなければいけない。さもなければ島崎と度会が遭難者の救助という目的を忘れかねない。

 運よく最初の30分で遭難者のうち4名を度会が見つけた。老人と、15歳くらいの男の子はその4人の中にいた。かまくらのようなものを作ってしのいでいたが、凍傷がひどいとのことだ。発見した度会に手当てを任せた。ソウル・シールドを応用して救助した人の体を温めることと、かまくらのなかで咄嗟に4人が焚いた火の残りを、燃やせるものを片っ端からくべることで大きくした。雪の断熱効果を利用してそこを救助スペースとし、度会がそのまま遭難者とともに待機した。島崎にはもう2人の探索を続けてもらい、俺は島崎と度会の中間点をキープした。予想通り、怪しげな影が動き出した。2体とも、救助スペースのほうに向かっている。

 誰が放った刺客で誰を狙っているのか、一切興味がなかった。非力な人間を消すために動いている、それだけでろくでなしに決まっている。気配を消して間合いを詰め、バランス・ブレーカーを放った。目眩を起こし、醜くのたうちまわるそいつらに、幻覚を叩き込んだ。自分の作戦に自分がやられる、そんな脳内映像をみせる単純な認知操作だった。俺はそいつらを苦しめるとともに、その映像をデータサンプルとして自らの思念に吸い上げた。命令の内容、依頼した者などについての認知を取り込むことも簡単にできた。ヒーロー結社への報告のためのデータは取得した。これで心置きなく始末できる。正直、あまり時間と力を割きたくなかった。相手にも心得があるのか、右手からそれぞれ橙と緑の蛍光色を発する紐状のものが伸びてきた。見慣れたライト・ストリングだ。模擬戦で柏木のえげつない光線技を喰らい慣れている身からすれば何てことはない。1割の柏木の力にこの2人合わせても及ばない。幻覚を利用して2人がお互いのライト・ストリングを喰らうように仕向けて終わりにした。

 戦闘が終わった後に救出スペースにいる度会と合流した。そこで島崎から悲しい報せがあった。残る2人の遺体を発見したとのことだった。我々ヒーロー結社の特殊能力者は人間を守ろうとする。それでも救いきれない命はある。そこに一抹の虚しさはあった。今回倒した特殊能力者を殺し屋として操ったのもまた人間で、その人間に愚かにも自身の能力を提供した特殊能力者も、肉体は人間だった。救いを必要とするのも人間、殺しあうのも人間、そして自然には絶対にかなわないのも人間だった。

 時刻は8時を少し過ぎたくらいだった。消防や警察が待機している詰所と連絡をとりあい、救出した4人と、残念ながら救えなかった2人のご遺体を、別々に詰所に移動することになった。新たな遭難者がでてはかなわない。我々の方から動くことを申し出た。それぞれの発見場所の経度と緯度を正確に伝えた。我々はいないことになっているので、ご家族への説明、マスコミへの公表などは違ってくるのだろうが、最初にありのままの事実を伝えることは大事だ。詰所の消防・警察の方々と別れを告げた。村の人のご厚意で温泉宿を手配してくれることになった。ヒーロー結社と連絡をとり許可を得た。内緒で泊まると後でいろいろうるさいのだ。電話の向こうには亀山の広夏さんがいた。お土産として3~4品ほど立て続けに頼まれた。暗い顔ばかりしても仕方ないのだ。広夏さんのこの天然ぶりに少しだけ心が軽くなった。俺よりも落ち込んでいた島崎と電話を代わった。少しずつ生気がよみがえってくる島崎の顔をみて安心した。穢れに触れたので通された部屋は離れにあり、食事も質素だったが、普段のウチらには勿体ないくらいの厚遇に思えた。希望した土産の品も持ってきてくれた。

 翌朝ヒーロー結社に戻ったウチらを、幸盛さんと春江さんが迎えてくれた。なんでも救出した4人のうち1人が、防衛省の要人だった人物で、大いに感謝されているとのことだった。曖昧に笑って歓迎を受けた。広夏さんには頼まれていたお土産を渡した。

「消防、警察から引き継ぎ救出活動をしました。行方不明者6名のうち4名救出、2名の遺体を発見しました。それぞれ消防と警察に引き渡し、島崎と度会の疲労が激しかったため雪中行軍はそこで終了しました。なお、救出任務中に、妨害を試みた特殊能力者と交戦し、2体倒しました。2体のデータはこちらです。」
幸政さんに報告した。データを書き込んだ思念の糸の一部を幸政さんに移転した。
「ご苦労だった。寒かっただろうし、死者も出た、敵も倒したのだからな。まあ死に触れることは戦士としての我々の業のようなものだ。お前には言わなくてもわかるだろうがな。しかし一般人の死はこたえるし、自然に対しては我々も無力だよな。」
「労い、感謝します。」
「ところで、倒した2体について、顔に見覚えはなかったか?」
「見覚えはありません。それに、うちの誰も、あんな半端な鍛え方はしません。少しのバランス・ブレーカーで混乱して暴れ、幻覚をみせて相討ちさせるような子供騙しの戦術でいとも簡単に倒せたそいつらが、うちにいた訓練生とは到底思えません。」





特殊能力解説
[ライト・ストリング]
[ライト・ブレード]
[ライト・アックス]他。
光線技のバリエーション。厳密には熱を帯びた思念の糸を造型したものであり、特殊能力に比例して強度を増す。柏木が得意とする。


[バランス・ブレーカー]
耳の機能である平衡感覚を一時的に麻痺させるような音波を特定のターゲットに向けて発信する能力。

[ソウル・ソニック・サーチ]
音波探知。水中または陸上の様子を音波で探知する。音を操る能力の一形態。間城は音に関する能力を得意とし、それを訓練生にも伝えている。

[ソウル・シールド]
思念の糸の一部分を物質に変換して身体を防御する能力。寒冷な環境では発熱繊維に変換するのが一般的。

[メッセージ・アロー]
伝達する情報を思念の糸に書き込んで別の特殊能力者に知らせる。送受信できるのは特殊能力者のみ。少量の思念に多くの情報を盛り込むには訓練が必要。


散文(批評随筆小説等) Miz 14 Copyright 深水遊脚 2016-01-22 23:18:57
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