冬の針
あおい満月

風は呼ぶものではない。
風はじっと待つものだ。

あの日、
あなたは泣きながら、
私にすがりながらそう言っていた。
娘である私の拳は震えていた。
握りしめた拳は赤く腫れ上がり
皮が剥けていた。
あたたかいけれど、
冬の針をくるませた風が、
拳を突き刺していく。

*

あなたは夜がくると、
自身の死を悟る言葉を吐く。
唾を吐きながら、
置いたはずの靴下の場所も忘れて。
娘である私は知っていたが、
気がつかなかった。
あなたが夜毎トイレに向かい
日頃の吐瀉物を吐き出していたこと。
あなたには安らぎはなかった。
私を産んでから、
神は耐えられない試練は与えないと
信じて、ただ信じて、
手探りで社会の海を泳いできた。

**

いつからだっただろうか。
私がぬかりなき愛を貫こうと
走り出したのは。
それは、十五歳の頃の夏の夜から始まったと信じている。
恋を覚えた私は、
自分の恋心をぐじゃぐじゃと
引っ掻いた。
そして、引っ掻いた血が、
烈火になって歪んだ愛をつくりだした。

***

あなたはすべてを、
見通していた筈だ。
私があなたから産まれて、
私の欠陥を知った日から。
そう、あなたはすべてを見通していた。
ただひとつ、
社会と向き合う人間に育てること。
ただ、それだけを願って。

***

私はあらゆるながれを、
悉く打ち破ってきた。
それはすべてが本当かどうかわからないが、
私はそんな気がするのだ。
私はあなたに背いた。
私は罰を受けるべきだろう。
私には手錠が待っているかもしれない。
手錠を掛けるのは母親であるあなただ。
ファシストに似たあなたの歪んだ唇を
思い出してひとり震える。
冬の夜。
あたなは鼾をかきながら、
夢と現を行き来している。
壊れた目覚まし時計のように、
過ぎ去った時間を反芻して。



自由詩 冬の針 Copyright あおい満月 2016-01-11 23:04:58
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