まともな話をするやつは正面からやってくる
ホロウ・シカエルボク




のべつ幕なしぶちまけられる脳下垂体のジャミングに幻覚と幻聴のオンパレードだ、グラついた壁の下敷きになった二人の子供の話をだれかが耳元でずっと囁き続けている、それがどんなに酷く損傷していたか、どんなに酷い臭いだったか…ゴミ捨場で見つけた肉の破片がこびりついたフライパンの記憶、あれはもしや、あれはもしや…幻想が現実との境目を食い破ろうとする、下敷きになった子供なんて居なかった、少なくともここしばらくはそんなことは…おれは耳を貸さない、耳を貸すべきじゃない、耳にするべきじゃない―だけどおれのそんな拒絶なんて向こうにとっちゃお構いなしだ、それがいつ、どこで起こったか…その二人の子供の名前はなんと言ったか…おれは拒絶を諦め、無視を決め込んでなんでもないような顔をして朝食のトーストを片付けた、ピーナッツバターで良かった、それがストロベリージャムだったりしたらおよそ食う気になんてなれなかっただろう、そいつが囁いた地名にも、二人の子供の名前にも覚えがあった、だけど、それがその事故とは結びつかなかった、やつは、おれの記憶を利用しているのだ、おれの頭の中にある、おれがもう使うこともないような記憶の中から二人分の名を引きずり出して、本当にあったことのように信じ込ませようとしているのだ、だけどおれは反駁することはしない、そんなことにはなんの意味もない、囁き続けるこいつらには、対話をするような知能はない…判で押したみたいに同じ言葉をずっと繰り返すだけさ…休日だった、休日のひとりきりの朝だった、窓から外を窺うと、控えめな女が喋り出すときのようにおずおずと晴れていた、インスタントのコーヒーをもう一杯飲んで、昨日の昼からの摂取のカスを便所に放り出した、うしろに居るやつは今度は国語辞典の歴史についてずっと語り続けていた、あいつのモチーフにはまるで、節操というものがない…まるで興味のない出来事なら聞き流すのになんの苦労もない―寝巻きを脱ぎ捨ててシャワーを浴びた、頭が冴えてくるに従って声は聞こえなくなった―そんなもんの相手をする理由なんてこちらにはないのだ、意識を半分飛ばして繁華街を歩く、こんなところを歩くときはそうしておかないといろいろな声を耳にしてしまう、そしてそれがはたしてどこから聞こえてきたのかなんて、おれには理解出来ないことなのだ…猥雑なデザインのネイルサロンの開いた窓から、聞覚えのある音楽が漏れていた、パブリック・イメージ・リミテッド…なんとかホテルっていう歌だ…ジョン・ライドン、あんたは正しい―世界なんていつでも歪んで、バランスを崩してるんだ、バランスのいい場所なんて世界のほんの限られた場所にしかない、それ以外はみんなはきだめさ…意識は死んでいる、なあ、気付かないか?意識なんて本当に死に絶えようとしている、時代遅れで、非効率的だ、効率を上げるには安易なモラルを疑いもせずに受け入れて、自分を省みたりせずに生きることだ、おまえにとっちゃそれは簡単なことかい、おれにはまったく興味のない事柄だけど…この街は燃えているか?火種すらあったことはない―この街を燃やし尽くす幻想を思い描く、げたげたと笑いながら…それはきっと物凄く高揚する出来事に違いないぜ、すべてを燃やし尽くして、再建なんかさせない、ここに居る連中には正真正銘の再建しか出来ない、同じものをもう一度作ることしか…おれはマシンガンを手にし、廃墟を彷徨う連中を撃ち殺す、ズダダダダ…気付いたらひとりごとを言いながら歩いていた、やばいぜ…おれは口をつぐみ、前方を見据えて歩く、これ以上ややこしい項目を増やすつもりはない、こうして歩いているととてもよく判る、まともな話をするやつは正面からやってくるのさ、正面からやってきて、きちんと挨拶をしてから話し始める、きちんとした言葉で、正確な文法で話す、それ以外は、みんな幻聴みたいなもんさ―おれは歩道橋を渡り、当てもなく歩き続ける、そうしているうちに、うしろのやつは飽きて居なくなるかもしれない…。








自由詩 まともな話をするやつは正面からやってくる Copyright ホロウ・シカエルボク 2016-01-10 23:04:53
notebook Home