スケッチ旅行
レタス

あの日
パステルで描いた街は何も変わらないでいた
終着駅を降り
血の止まらない人差し指を包帯で締め付け

だらだらと下る漁師町
白黒の猫がニャァと誘い
坂をゆっくりと降りてゆく
灯台までは真っすぐな坂道が続いてる

街を歩いている影はみあたらず
血を流しながらも
生きているのはぼくだけだった
医院を探したけれど
ひっそりとした街には見当たらず
再び包帯を締め付ける

坂道の途中
ぼくは石段に腰かけ
バッグからキャンソン紙のスケッチブックと
パステルボックスを取り出し
錆びた色の街と
路のはてに立つ灯台をサラサラと描いてゆく
空は鉛色と少しの青が入り混じっていた

潮の香りに誘われて
お腹が鳴ったのだけれど
弁当などは持ってきていなかった
白と黒のタマも鳴く
そろそろ昼を過ぎている

誰もいない路地から
ゆっくりと老婆がお盆を静かに抱えてきた

タマの飼い主だ

“絵描きさん おなかがすいたじゃろ 食べんさいな”

海苔に包まれたおにぎりふたつにたくあんが添えられていた
そしてタマに煮干しを与えると
路地裏に消えて往った

感謝の言葉を忘れてしまったぼくは
後悔と空腹の鬩ぎあいのなかで
おにぎりを鼻水を啜り頬張った
梅干しの酸っぱさが涙を誘う

ぼくはさらさらと またキリッと強くパステルを押さえ
潮騒の街を描いてゆく

傍らに寄り添うタマだけが寂しさを癒やしてくれた




自由詩 スケッチ旅行 Copyright レタス 2015-12-26 13:59:31
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