疾走する彼女
あおい満月

彼女は、柔らかな鋭い魔物に
背中を喰われている。
しかし、
実際は彼女が魔物の耳を
自分の喉の指に押し込んでいる。
魔物を押し込んだ指が嗤う。
からからからから、
喉の奥の水車小屋で
からからまわる水車の水滴のなかに
映り込む反転した彼女と彼女ではない
彼女の唇が、
かさなりあう三日月の後れ毛を
絡ませた指と指しか知らない約束を、
彼女は一心不乱にノートに書く。
ノートのページには終わりがない。
彼女の息吹が止まるまで。
彼女のノートは疾走する。
ノートは止まらない。
ノートは彼女の血だ、
ノートは彼女から滴る汗だ、涙だ。

*

柔らかな鋭い魔物はどんどん固くなり、
一本の刃になって月を切り裂く。
夜に吐かれた血は、
朝には泥々の汚物になって、
合図とともに、
激流に落ちていく。
それをにやりと見つめる少女がいた
彼女から覗く歯には、
汚物によく似た黄色いものがすみついていて、
そこに無数の虫たちが群がっている。
彼女はまた更に疾走する。
繰り返し、繰り返して。



自由詩 疾走する彼女 Copyright あおい満月 2015-12-22 17:04:11
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