師走の皺
もり

(羊が32匹 ────)

おととい髪の毛を自分で切る。
乾燥麺がふやけていく間に何となく思い立って、バサバサいってしまった。右サイドを切りすぎて、少しハゲのように目立つ。駅前にはコスパのいい1680円の美容室があり、最近やっと馴染んできていたのに次行ったときまた変な顔をされるだろう。「どうして自分で切ったりしたんですか」去年の今頃は丸坊主だった。鏡のなか見えない血が流れている。ラーメンは濃いめの汁を吸ってぶくぶく太りはじめていた。

(羊が107匹・・)

きのうは休みで、出会い喫茶に行った。クリスマスムード一色の街とは対照的に、雑居ビルの4階は殺風景でひどく乾燥していた。サラリーマンの中年男、寝癖のついた若い男、ニットを被りアクセサリーをジャラジャラと身につけた男が、動物園の山羊のように青い草をゆったりとしたしぐさで探す。虎柄のセーターを着た受付の男はエコーに火をつけたまま、電話の音に機敏に反応し喫煙所を飛び出していく。
おれはマジックミラー越しに女を物色した。まだ罪悪感が抜けない。女は世界だ。こうしていると世界の眼中におれはいない。
あちらこちらでトーク終了を告げるキッチンタイマーのピピピピ・・が鳴り響く。ミヤと名乗るコンビニ店員の女からは金のにおいがプンプンした。おれたちは外へ出た。彼女は道に迷うことがなかった。
「クリスマスってばチキンがよく売れて忙しいよ」と小さな宇宙を見上げながらタオルを巻き直し、おれの頬をなでた。彼女がシャワーを浴びる間、このあとこの部屋を掃除する清掃のおばちゃんのことを思ったりした。
2万渡しホテルを出て、おれは西へ、彼女は東へと別れた。
気がつくとまだ雑居ビルの4階で歯科衛生士の女と話していた。今度はカラオケに行った。「うますぎて恥ずかしい」と言われいい気になったりした。

(羊が1067匹 )

ばからしくて くやしくて
ここに書きたくないこともある
そういうものが吹き溜まって
胃痛激痛を抱え 彷徨うように家路をたどり アンケートにも答えず 筋トレもせず むやみに語彙も増やさず ただ本もめくらず 脱ぎ捨てた革ジャンを押しのけ 風呂にも入らず バタースティックとコンビニのチキンを水で流し込み 胃痛激痛を抱え こたつに包まれ 床にへばりつき眠る それでも忘れられなかったのは
愛する存在の少なさと
愛すべき存在の多さについて
羊に近づくと そのケモノ臭と
唾液が絡みつき、
乾いた毛並の汚しさや
相当に濁っているその目に、
後悔よりも、あたたかな諦念を
抱いている
自分がいた。

(羊が6084匹────


自由詩 師走の皺 Copyright もり 2015-12-21 23:01:02
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