私の大好きな哀川さん
瑞海

私の大好きな哀川さんは
名前の通りに
非常に哀愁漂う女の子である
夏でも冬でも
哀川さんの周りには光が纏っている
その光はきっと私の幻覚なのだろうけど

私の大好きな哀川さんは
いつも一人きりでいつも伏し目がち
長い睫毛が茶色の瞳にかかって
ああ、儚い
といつも眺め思う

ある日
私の大好きな哀川さんは
美しさの象徴であった長い髪の毛を
バッサリ切ってしまった
顔のラインに沿った可愛らしいショートカット

ああ、哀川さんは
髪の毛と何を体から切り離したのだろう
ああ、何バカなことを
哀川さんは周りの女のように
ありきたりなアクションなんか
しないじゃないか、まったく
周りの奴らも溜め息ついて
私と同じ表情をしていたのが
嬉しくて悲しくて悔しい


ある日
私の大好きな哀川さんは
少し寒くなって
辺りがにわかに赤らめてきた頃に
放課後の一番西側の空き教室で
私と話をした
それは哀川さんが
もう長くないという話だった
寿命とかではなく
哀川さん曰く
「私が私でいられるだけの間」
らしい
哀川さんは変わらず哀川さんなのに
と思う私は浅はかである


「極彩色の中で生きているっていう
重みを受け止められるのは今しかないもの
私、あなたをずっと見ていたの
あなたを儚いと思った
重みに耐えられない感じがとても素敵ね」


哀川さんはどんな本を読むんだろう
哀川さんはどんな曲を聴くんだろう
私の哀川さんに対する印象と
哀川さんの私に対する印象とが
合わさることは
生まれ変わったって二度とない

私は突っ立って時間の速さに
相槌打っているだけだ
もちろんその様子だから
哀川さんの話をただ聞いている
だけだったのだけれど


それからちょうど56日経った日に
私の大好きな哀川さんは
雪が珍しく積もった日の夜に
街一番の桜の木の根元の雪の下に
埋もれて亡くなっていた
それからの春に咲いた桜は
私には赤がかっているように見えた


という思い出を家の前に咲いた桜を見て思う
あれからもう10年も経っているのに
孤独だ、と感じる時
醜い、と感じる時
彼女の光が瞼の裏に刺さる

桜を見るといつも思い出す彼女は
これから先の人生も
私の脳裏を舐め続ける

いつまでたっても大好きよ
と彼女にも言って欲しいという
欲望が体を蝕むまで
もう時がない



自由詩 私の大好きな哀川さん Copyright 瑞海 2015-12-20 20:39:29
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