(2/3)伊勢うどんをマフラーに
吉岡ペペロ
バスが伊勢神宮の内宮に到着した。
「ここから先は、神様が住む場所なので、みなさんマナーをお守り下さい」
ガイドさんが先導してくれて、鳥居をくぐり、木橋を渡り、手を浄めて砂利道をすこし行くと、
「あそこの縄で仕切られてるゴロゴロした白い石が積まれてるところなんですけど、日本で一番といわれているパワースポットなんですよ」と教えてくれた。
パワースポットと聞くと、みんなそこに吸い寄せられた。
縄のなかに手をいれたご老人が、「わっ、なんかあったかいですよ。なんか感じますよ」と興奮を発した。みな次々に手をいれ、なかには頭まで突っ込むひともいて笑いがおこった。あたしもアーヤを抱きかかえながらその縄のなかに両手をいれてみた。確かにあたたかいものを感じた。
「先日も芸能人の方がお忍びで来られて、ここでずいぶん長いことパワーを頂かれてたんですよ」
あたしはアーヤを縄のなかに捧げるようにしてつき出していた。
アーヤが笑った。安心したような笑顔。あったかいものを感じてマフラーが戻って来たように感じているのかも知れない。それとも不思議なパワーのせいだろうか。
あたしはもう今日はずっとここに居てもいいと思った。ひょっとしたら。ひょっとしたら。あたしにはその思いを打ち消すことが出来なかった。
ガイドさんがそれでは内宮に向かいましょうと言ってあたしたちを集めた。
この砂利道の砂利は年に一度入れ換えられるという。新しい砂利はこれの10倍ぐらいの大きさらしい。そんなに踏みしだかれるのだ。周辺の樹木の根元がどれもグロテスクだ。あたしはみんなからはぐれないようにしながらアーヤに木肌を触らせた。
内宮正宮の階段をのぼる。アーヤが両手をふってはしゃいでいる。お参りしていると全身にビリビリと電気が走った。神様が住む場所と言われるだけのことはある。そこをあとにして歩いていくと馬小屋があった。アーヤがむずかしい顔をした。白いお馬さんがうんこをしている。写真とりましょうかとさっきのご婦人が言ってくれたのでとってもらった。
これからしばらく自由時間にしてバスに集合ということになった。
もう一度あのパワースポットに行こうと思ったけれどアーヤのおむつを取り替えなくてはいけなくなったから内宮をでた。おかげ横丁のお店屋さんに入ってトイレを借りよう。
ご当地建築のファミマがあった。昼食がアーヤの食べれないものが多いかも知れないからそこで何か買おうとしたら、伊勢うどん、と書いたのぼりが目に入った。アーヤのおむつを替えてうどんでも食べさせよう。
伊勢うどんは釜あげうどんのような感じで特製のツユがかかっていた。おどろいたのはその太いうどんの柔らかさだ。箸でかんたんに切れる。アーヤに食べさせやすい。ひざのうえのアーヤもぱくぱく食べてくれた。あたしも食べる。ツユの色が濃いわりに塩辛くなくて逆に塩味が足りない気がする。でも濃厚なだし汁の旨みがある。
アーヤがうどんのなかに手を入れた。そして、キーキー、キーキー、喜ぶときのうるさい叫び声をあげた。アーヤのちいさな力でもうどんがすぐ千切れる。アーヤがてのひらにのこったうどんをじぶんの首にこすりつけた。
アーヤはなにかを感じている。健常者なら偶然目や耳で学べることがアーヤには学ぶことが出来ない。
あ、マフラーだ。あたしはアーヤがマフラーの物まねをしているのだと感じた。
あたしはお店のひとの目を気にしてアーヤに注意するふりをして、アーヤのはじめての物まねを楽しんだ。
お店から出てもパワースポットにはもう戻らなくてもいいような気がした。ガイドさんからもらった地図を頼りにアーヤとおかげ横丁を散策した。お土産をのぞいたりしているうちに端まで来てしまった。左のほうへ道路を渡ってすこし歩くと猿田彦神社があった。あたしたち以外に誰もいなかった。アーヤをしたに降ろしてそこで遊ばせた。アーヤは砂利をつかんでなにかを追い払うように投げていた。
あたしたちの背後から、
「こんにちは」
と野球少年がふたり朗らかに挨拶をしてきた。
驚いたけれど自然とあたしも笑顔になって挨拶をした。なにかに洗われたように気分が明るくなった。
しばらく遊んであたしたちはバスに戻った。