大樹
あおい満月

あなたは今、
いろいろなことばの海を
旅したいと思っている。
そこには淡い色の薔薇の花束のブーケだったり、
あたたかな木のぬくもりの漂うキッチンだったり、
そんな風景が香ることばを探している。
けれども、
そんなことばたちは、
綿菓子みたいなもので、
口に入れた瞬間、
冷えた蝋燭に変わってしまう。

*

バッグに入れたはずの鍵を
家の食器棚に忘れた。
たまたま気がついたから良かったけれど
もしも、これが骨がひしめきあう
段ボールの中だったらと思うと、
あなたの顔は橙色になる。
走馬灯になったあなたは、
濁る濁流を泳ぎきり、
小さなインターフォンを
鳴らすだろう。
そうして暖房で温まった
湯豆腐に宥められ、
またはじめから、
布をミシンで縫い始めるのだ。

**

右手が白い粉を吹きながら
夜泣きをする。
あなたが宥めても宥めても、
右手は策略を練るように
泣き笑いを繰り返す。
(静かに!)
堪らなくあなたは叫びたくなる。
けれど、
瓶の蓋を力強く閉めて、
あなたは左右を警戒する。
そうでもしないと摘み出されて、
ここにはいられなくなってしまうから。
あなたのなかの大樹とつながる、
そう、この場所から。



自由詩 大樹 Copyright あおい満月 2015-12-16 21:28:13
notebook Home 戻る