沐浴
マチネ

梅雨明けの少し前、雨粒が入る家と入らない家の違いが分からなくて、屋根をじっと見ていたら失明した。雷の音だけが聞こえて、白かった。

人間が(つまりあなたのことが)見えなくなってしまったから百日紅の花を磨いてかぎりなく研ぎ澄ましておきましょう。母はそう言ってはなびらを握らせて、でもそれが木蓮だったことを私は知っている。取り違えを訴えたとして彼女は、名前には意味がないと言うだろう。何か問題があるだろうか。どうだろう。
母が私の爪に色を塗っている。私の爪が知らないうちに世界でいちばん美しくなってゆく。

繊細(それはまさに細く)に飛び回る蜂(つまりは非常に繊細な音)を見つけた時、とても喉が乾いて、舌を口蓋に押し当てる。こそげ落ちる皮膚はいつだって柔らかい。
新しい海は常に生まれていて、けれど戻るべき丘は消えていく。
消える日にはきっと静かな雨が降っていて、水銀式温度計が暖かく光っている。


自由詩 沐浴 Copyright マチネ 2015-12-09 15:28:50
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