最初で最後の、樹氷が見る夢
ホロウ・シカエルボク








冬の風に冷えた鋼鉄が、花の記憶を掻き消す、すべては結晶化してしまい、現実として機能するには足りない、なにもかもが完璧に足りない、朝食のスープはほんの少し食べるのを忘れていただけで表面が凍りついてしまった、ほんの少し焦げたトーストももう氷柱のようだ、ラジオはエヴァネッセンスを流している、こんな朝に、こんな朝にどうして、そんなものを?空気が動くたびに耳の中で金属音がこだまする、凍てついてしまう宿命の朝、窓の外はすでに支配されていた、零下の街、動かないことがいちばん美しいことなのだ、ベッドに戻りたかった、せめてあたたかい夢を見ながら眠りにつくために、だけどそんなものはもうどこにもなくて、不自然に歪なブロックがそこにはあるだけだった、もう眠ることは出来ない、夢は失われた、朝食はだんだんと色をなくしていく、凍てついて死んだ人間はいつかそれが溶けるときにどんな死を晒すのだろう?きっとそれはもう濡れた紙のようにだらしないに違いない、欠片というよりは切れ端のようになって、蘇った水分と共にかすかな窪みを目指して流れていく、もう血すら感じられない、もしか生き残った誰かがそれを目撃したとして、そんなものを人の死だと感じることが出来るだろうか?きっとそんなことは出来ないに違いない、かろうじて、かつて人であったことぐらいは感じられるかもしれない、でもそれはもう哀れみや悲しみで語れるようなものではない、それはただ溶けてしまっただけのものだ、それは腐敗し始めるだろうか?それともそんなプロセスはなかったことになって、灰になって風に消えるだろうか?そんな死は、そんな死は見たことがない、死とも呼べないような死など、ましてやこの身がいまそんなものに向かって突き進んでいるだなど…けれど確実にそれは侵食を続けていて、すでに朝食は見えなくなってしまった、爪先から次第に感覚がなくなっていくような気がする、なんという残酷な死だろう、ゆっくりとした溺死、零下に溺れていく、金属音はもうずっと耳の中で鳴り続けている、それはもう途切れることなく、鳴り続けている、鳴り続けている、オシログラフが一直線になるときのような音、細い針のダメージを置き換えたような―次第に肉体が軋み始める、軋み始め、もはや自由は利かず、でもとてもゆっくりとした速度で、肉体を蝕んでいく、ラジオの音はもう止まってしまった、きっともう電気が凍り付いてしまったのだ、死ぬための準備は整っている、窓の外には朝日が見える、こんな日なのに、こんな日なのに鮮やかに朝日が差している、なんという美しい景色だろう、そこにはもうなにも無いというのに、ソプラノのように輝いている、ソプラノのように光が奏でられている…血液が心臓に向かって次第に凍り付いているのが判る、どこかで考えていた、樹氷のように自分の心だけを抱いて生きていくことが出来たら、そんなふうに思っていたころのこと、考えようによっちゃ、夢が叶ったんだ、コーヒーをもう一度口にしたかった、後悔といえばそんなことぐらいだった、ああ、凍てつく音が首元まで迫っている、もう心臓は止まってしまったのだろうか、メタルマシーンミュージックが高らかに鳴り響いて、もう上手く考えることすら出来ない、両耳を貫くように、金属音が―


温度が失われ、なにもかもが氷に食われてしまった、もがき苦しむことすら出来なかった、朝食のテーブルに右肘をついて、何事か大事なことを思い出そうとしたみたいな姿勢のままで、おれはひっそりとした樹氷になって死んでしまった、窓の外では朝日が輝いている、何もない世界を美しく照らす、ソプラノのような澄んだ朝日が―









自由詩 最初で最後の、樹氷が見る夢 Copyright ホロウ・シカエルボク 2015-12-07 22:42:05
notebook Home