虚構の庭
管城春

生きたつもりはなかった。この連鎖に組み込まれたのは硝子
を割らないかぎり抜け出せないとあなたが教えてくれたから
で、パリン、パリンと時折響くその音が誰かの脱落を知らせ
て、そのことに安堵している。わたしたちを覆そうとする悪
しきものたちに矢を放って台詞を違わずに言えるのなら、資
格はまだ失われていない。電波塔のいちばん上からぶら下が
っている男たちについては、ずっと考えたことがない。四六
時中目を回しているような鳩の群れにつつかれてあるひとは
眼が爛れ、あるひとは腹が裂けた。わるい部分にはモザイク
がかかるから、直視することはない。
                                        白い花が散る。白い花が散る。
星は死ぬときに歌を歌う。あなたの知らないやり方で。その
歌を回収しては売って回る老婆のことを知っている。わたし
が血液を売って得たその歌はまだ歌われていない。ピアノの
音が鳴るときは誰も口をきいてはいけない。約束された音楽
以外は誰も眠ってはならない。秩序はずっと支えてきたその
線のことだ。無数の腕がしがみついて、通れない道を繰り返
す。死体の山ができれば川は埋まりいずれ深い川を渡る。川
一面に黒い服が浮かんでいる。わたしは行列ではない。それ
でもまだ歌は歌われない。言葉を得た少年は告白のために唇
を引き結んで待っている。強い決意。
                                        白い花が散る。白い花が散る。
おおきな音がする。こわい。硬質で冷たい音楽だけが聴きた
かった。人間の言葉はあたたかすぎて、血が通うのであれば
気持ち悪い。罵声には肉がある。声援にも肉がある。降り積
もった体温がじわりと融けだしてすべての境界線を曖昧にし
てしまうのであれば、許さない、空もすべてかき回してわた
しのための色にしてみせる。硝子が割れる。硝子が何度も割
れる。この世界のルールに従ってこの世界から逸脱する。整
備されきった国道を何度も何度も通り過ぎる。指輪をもらっ
てつけるとその指が千切れて車に轢かれる。血液は絵画の一
部分になる。わたしは要約される。
                                        白い花が散る。白い花が散る。
裏切りは愛情を以て為された。冷血は持て囃される夜があっ
て、朝が来るとすべてのてのひらは返される。そのことを知
っている。予定された反乱を駆使して摩耗したいように摩耗
してゆく、つよい背中の上に跨がって思い通りのあなたを思
い通りにしたい。清潔な祈りは清潔である、わたしたちはそ
れだけの言葉では満足することができなかった。どうして知
らないの?無言で尋ねるその目が部屋の至るところにあって
、夢のなかにまでついてくるのであればそれはもはやわたし
のものだろう。朝が来るとすべてのてのひらが返されても、
冷血が持て囃される夜がある。集えよ。
                                        白い花が散る。白い花が散る。
この連鎖に組み込まれたのは硝子を割らないかぎり抜け出せ
ないとあなたが教えてくれたからで、パリン、パリンと時折
響くその音が誰かの脱落を知らせて、そのことに安堵してい
る。いなくなれるのであれば存在してもいい。パリン、パリ
ンと時折響くその音の、その手段以外を模索するために、存
続を存続させ続ける。脱落した世界の下には皿のような世界
があって、そこでも硝子は割られ続けている。血液を売って
得たその歌はまだ歌われていない。見つからないようにすべ
てを欺きながら、あらゆるすべてを狂わせて燃やせ。知れ、
わたしはまだ生きたつもりはない。) 
                                     白い花を散らせ。白い花を散らせ。


自由詩 虚構の庭 Copyright 管城春 2015-11-24 19:23:27
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