キネマ劇場のふたり
wakaba
安物のヨードチンキ
木製薬箱から取り出しまして
お立ち会いの表舞台に撒き散らしたら
さあ今宵も開演
埃ひとつない椅子に腰をかけまして
これからお目にかかるは摩訶不思議
センチでレトロな恋愛小芝居
ブルジョア達が集う猥雑な客席
コケティッシュな空間にはあまり似つかぬ
純粋無垢な君と僕
君は僕の隣で手を握っている
腫れ上がった破廉恥を閉じ込めるかのように
僕の手をぎゅっと握っている
目の前では林檎をかじる奇術師が騙る
ぐるぐる回転する狂気の世界
ありとあらゆる愛欲と煩悩が
ブルジョア達の脳髄を濃密に浸食していく
火の輪くぐりに失敗する老夫
のたうちまわって絶叫曲芸
妖艶な声を枯らして笑い叫ぶ貴婦人
それにつられて笑う君と僕
めくりめくる照明暗転
大玉に踏みつぶされるピエロ
ゆらり揺らめく桜花爛漫
赤ワイン片手に咳き込み笑う男爵
頬を合わせて笑い合う君と僕
目まぐるしい白痴の螺旋が君と僕との間で渦巻いていた
このお芝居が終わらなければいい
この時間が果てしなく続けばいい
そしたら君と僕
永遠に笑い続けていられるから
ふたり心の底から幸福を賞味できるから
だからまだ少しの間だけ
手を握ったままでいよう
終劇まであとどれくらいだろう
幸福なふたりのままでいたいのに
終劇のあとは何処へ向かえばいいだろう
ふたりもう帰る場所なんてないのに