モグラ
もり

「都会にはもう、モグラがおりませんが、
聞きたいと言いながら耳を塞ぎ、
見たいと言いながら目を伏せる、
そんな輩が多いので、
それは土から出てきたモグラなのかと思えば、進化とは悲しいもんだ、などと
真っ暗な車窓から
そう思わずにはいられません。
それでも
田舎では未だにモグラが
干して売られていたりする。
そのことに私は甚だ遺憾でありまして・・・」

『地下の会』にも飽きはじめていた。おれは会長に体調不良を訴え、軽く頭を下げながらホテルを出た。
駅まで向かう途中、四つ角の煙草屋でマスクを取り、セブンスターをくゆらせる。店主のおばさんはテレビを凝視している。またどこかで誰かが殺されたらしい。

せいぜいぼんやりとした現実がおれの背後に忍び寄ってくる。
あまり汗をかかなくなったこの頃、いつも息が熟柿臭い。
それでも、電車を2度も乗り換え、待ち合わせ場所に10分前には到着するあたり、おれはまだ何かを期待しているらしかった。

イモネはきっちり定刻に現れた。
赤いミニ丈のワンピースから日焼けした脚がまぶしい。昨日チェンマイから戻ったという。おれは今夜、自分がデリンジャーにならないことだけを祈った。

開口一番、
「今夜は鍋が食べたいの」
季節的に考えても、それは適切な選択とは言い難かった。
何より、すでにイタリアンのコースを予約している。バースデーケーキには「それらしい」メッセージを添えて。
だが断る理由にしては弱すぎた。
謝罪の機会を与えてもらっている以上、おれにここで説教する資格はない。今は・・。

できる限りゆったりと話せる、状況によっては大声も出せる、そんな防音設備が整った店に入りたかった。しかし、この寂れた駅でそれが叶うはずもなく、とりあえずチェーンの居酒屋の個室におれたちは腰掛けた。
さいわい、鍋物メニューが今週からスタートしており、イモネの気のおもむくまま、注文はなされた。
お互い三杯目を飲み干すあたりで、おれは改めて彼女に頭を下げた。
朝採りの白菜を食いながらその言葉を聞き終えた彼女は、ゆっくりとキャスターに火を点け、紫煙を吐きながら淡々と言い放った。

「あなたは、鍋の中の絹ごし豆腐よ」

「私には、救いきれない」

それっきり押し黙った彼女はその後、食うだけ食って、飲むだけ飲んで、吸うだけ吸って、おれに会計をまかせてトイレに立った。



夜更け。部屋でモグラの干物をアテに、焼酎をすする。
帰り道で差し出す、というよりは押し付けられたチェンマイ土産のトレーナーに書かれた不思議な日本語を見つめる。

「は思う おだいじに。ずっとあなたのそばにいるよ」

それを着た自分自身。
砂嵐がぼんやりと照らす頰。

背後で寝息をたてている女。










散文(批評随筆小説等) モグラ Copyright もり 2015-11-15 22:25:01
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