はじまり
葉leaf
宇宙と宇宙とをつなぐねじれた通路の辺りに、私は一人の少年を閉じ込めている。闇と光とが互いに消化できないまま渾然と渦を作っている野原で、少年は毎日少しずつ違った表情を見せていく。
この少年には友達がいないので、とても寂しそうでいつも涙声だ。だがこの少年は人間を信じられないし、誰にも自分の世界を侵されたくない。だから友達などできるわけがなく、解決不可能なジレンマでますます泣きそうだ。
私の存在は柔らかく瑞々しい。他者の視線や言葉、存在をうけとめるクッションとして、他人や社会と上手に形を合わせていく。私は可能な限り変形を自在に行う。自分が生まれる前より形成されていたこの人間同士の不可避な回路につながれているため、電流を妨げる抵抗にならないように変形する技術を限りなく鋭利に研いでいる。
私は社会制度がシステマティックに機能していき、様々な人の行為を巻き込みながら大きなうねりを見せていくのを、大海の全容を透視するかのような眼差しで活き活きと観賞している。同時に、その機能的運動を結んでいる輪の一つとして、大海を駆動する一抹の火薬として、動性のさ中に巻き込まれる快楽を感じている。私は歴史を生きているのだ。
だが少年の問題は解決しない。少年にとっては孤独も連帯も不可能なのだ。そして、少年とは実はもう一人の私である。私は精巧な鉱物のように孤独に耐え、緻密な水のように連帯に耐えることができるが、本当は挫折してしまいたい。孤独にも連帯にも負けてしまいたい。そのようなはじまりの気持ちを閉じ込めて、私は社会を生きているのだ。
私は職場で同僚と談笑しながらも、まだ何もはじまっていないことを知っている。社会の水中を魚のように器用に泳いでいるうちは何もはじまらないのだ。宇宙と宇宙とをつなぐ通路で、少年がそのジレンマに耐えきれず悲鳴を上げるとき、そしてその悲鳴が言葉となり思想となり音楽となり、既にあった社会制度にわずかな振動を与えるとき、何かがはじまるのだ。
私ははじまりにおいて孤独に負け、はじまりにおいて連帯に負けている。孤独と連帯の両方に負け続け、仕方なく閉じ込められてしまうこと。この社会や歴史に参画できない儚い命を今までのように抑圧せずに、一瞬だけ爆発的に解放したい。そこからが私の人生のはじまりだ。私の人生はまだはじまってすらいなかったのだ。