愛は実体
ただのみきや

月は満面の白い笑み ピリッとして
私の耳 桜色でしょう
このままいつまでも夜道を辿って行きたい
ふたりの息が白く 交じり合う
それだって 初めてだから
私は精一杯 お人形のようにいい顔して 
心は薄皮一枚隠れて震えていた

ロマンスに実体はない
でも ふたりは実体

甘いものと酸っぱいもので胸をいっぱいにして
一度に泡立てたら 熱くふわりと洋酒の匂い

足を止め
瞳と瞳でキスをした
あなたは背中に回り 肩を抱き
片方の手を伸ばして私の腕を優しく掴み
私の手を夜空に向けてそっと持ち上げた
白金の輝きに触れさせようとでもするように
そうして 耳もとで囁いた

「想像してみて
     満月に  へのへのもへじ 」

「さらに  ウィッグ 」


なにかが繋がらないまま
このロマンスを信じようとしていた
でも呑み込めないまま
手足の指先がどんどん冷たくなって

あなたは私の前に回って
突然大声で愛を語りだした
語尾が不自然にリキんでいて
ああきっと これラップ?
すごく変でへたくそだけど
ラップなのね

その時ふと気が遠くなって
私 時空を超えたみたい
成層圏まで彷徨い出て
月に向かって祈っている女のひと
見たような気がしたの
あなたがいつか出会う あなたの運命のひと
そのひとが必死にまだ見ぬあなたを求めて
満月にお祈りしている姿を

ロマンスに実体はない
でも ふたりは実体

やっとラップが終わって
再び瞳と瞳が…… 
思わず目を瞑ってしまう
あなたは 張りのある良く通る声で

「ありのままの僕を知ってほしい」

この実体の実態なんて……

おもむろにあなたは でもさっそうと
カツラを投げ捨てた

 イマ ワタシノマエ二 
      フタツノ マンゲツ

あなたはすごく真剣な眼差しで私を見つめ
その姿勢を崩さずに ただ首だけ
ゆっくりと右へ回して往く とてもゆっくりと
白い ヌード頭が
反転して往く
このまま 月のダークサイドへ ああ
私 過呼吸が出て 苦しくて
ギリギリまでねじれる首
ギリギリを越えた流し目の怪
あたまの中に ピシッとか パシッとか
ラップ音が響いて

エロチックとグロテスクとホラーをシェイクして
うんとドライにして鼻と喉に一度に流し込まれたみたい
ロマンスの終わりがR指定なんて

突然あなたは跳ねるように首以外を反転させた
一瞬勘違いして悲鳴を上げちゃった
あらわれた月の裏側に

  ――へのへのもへじ!

 ソレ……
      ドウヤッテ
            カイタノ?


ロマンスに実体はない
世界一素敵に見えた
夜店の指輪からメッキが剥げおちる
実体を
実体の実態を
抱きしめることができなければ
ロマンスは風に飛ばされる

ごめんなさい
私 自分の目を覚ますために
あなたの頬をおもいっきり平手で打ちました
月の裏側の思い出を
呪いのように断ち切ります

新しいロマンスを捕まえるために




                《愛は実体:2015年11月7日》







自由詩 愛は実体 Copyright ただのみきや 2015-11-07 21:07:26
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