モノポリー
ただのみきや

祈るようにサイコロを振る
嫌な予感は的中した
すでにホテルの建った銀座 わたしの靴は落ちた 
このままでは残りの土地を売却しても破産してしまう
なんとか逃れたくて 頭が高速回転を始める


 わたしはホテルのオーナーをチェスの勝負に誘った
 勝ったらタダ 負けたら倍払い ところが
 オーナーは自分ではやらず滞在中の別の男を代理として連れてきた
 オデコが大きく孤を描いた笑わないロシア人だ 
 こいつはチェス以外に何一つ生きる目的がないような男で 
 視線と右腕しか動かさずにわたしの駒を次々と屠って行く
 そのペースはもはや戦と呼べるものではなく一方的な殺戮だ
 今や絶体絶命の二乗 借金地獄か自己破産かそれとも一家心中か
 このままでは妻にこっぴどく叱られてしまう
 もしかしたらいっぱい殴られるかもしれない
 ああ否だ嫌だ厭だ絶対にイヤだ
 読みが甘かった チェスで解決しようなんて
 相手のクイーンを取ろうとしてわたしは自慢げに
 自分のクイーンをその真ん前に置いてしまうアンポンタンだった
 窮鼠藁をもつかみ臍を噛む 後ろの橋はすでに無し
 わたしはこのロシア人に別の賭けを持ちかけた
 チェスをやりながらポーカーでも勝負するというものだ
 五回の勝負で三回わたしが勝てばチェスの勝負はつかなかったことに
 それ以下だったらホテルの宿泊料も帰りの旅費もこっち持ち
 イチかバチか 罰か罰か これは何かの罰かもしれない 
 ああ神様もうしません もうしませんから……
 二度目のカードの交換を終えて ハートが四枚 ダイヤが一枚
 ああわたしはブタだ ブタ野郎だ ははは
 もう後がない ブタ野郎だってチャーシューくらいは食うさ
 おれはユダヤ人じゃないからな へへへ 
 さあ落ち着け 集中しろ
 運なんて関係ない 確率だ 偶然だ あり得ることなんだ
 一発逆転ですべてがうまく行く
 確率は対等だ あり得ることなんだ 起きうることなんだ
 三ゲーム目のカードが配られた時
 突然 懐かしい顔ぶれが現れた
 みんな早死にした連中だ
 一人は高校の同級生だった今川
 わたしが抜けたバンドに変わりにベースで入り その夜飲み明かして
 翌朝電信柱へ車でつっこんで逝ってしまった奴だ
 もう一人は中学生からの友達だったまーちゃん
 極小ヤクザの組長の息子だった シンナーがやめられないまま
 大人になって病院と刑務所出たり入ったりしながらある日
 心臓麻痺でひっそり逝っていた
 もう一人はドラマーのひろし
 おもちゃ屋の息子でその家は「ガンダム御殿」と呼ばれていた
 いつでも付き合うのは金髪の痩せた女だった
 最後に見た部屋はいたるところに大麻が干してあった
 自殺とも事故とも言い難い変な死に方で 
 この連中ときたら事もあろうにわざわざあの世から
 わたしを麻雀に誘いに来たと言う
 冗談じゃない! 昔どれだけカモにされたことか
 それに今はそれどころじゃない このポーカーに勝たなければ
 チェスの負けが決まってモノポリーで破産してしまう
 麻雀までやっている余裕はないのだ
 どうしてこいつらはそろいもそろってこうなんだ
 化けて出てまでアホなのか
 ちょっとは昔の友を労わってくれてもいいだろうに
 化けようと祟ろうと好きにしてくれ
 おまえらお化け三人組の三乗よりも
 怒った妻のほうがずっと恐ろしい
 いつでも危険なのは生きている人間なんだ
 いいからちょっと静かにしてくれ
 後ろでジャラジャラ始めないでくれ
 今が生きるか死ぬかの瀬戸際
 一生に一度の大博打なんだ


紙幣と土地の権利カードを集める
モノポリー盤を折りたたみ箱に戻す
サイコロも忘れずに
破産者が出るとゲームは終わる
後片付けは敗者の役目なのだ




                 《モノポリー:2015年10月28日》












自由詩 モノポリー Copyright ただのみきや 2015-10-28 21:38:33
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