旅立ち
葉leaf




私はホームに立っている。線路越しに街道を行く人々が見える。私はこの一年半ですっかり表情が変わったことだろう。顔の造作というよりは、顔の語り出す意味が変わった。
就職してから、次から次へと新しい窓が開いていった。一つ一つの窓の中にはさらに複数の窓があり、窓の構造は社会の迷宮そのものだった。新しい技術や態度を学ぶこともあった。不条理な思いをすることもあった。トラブルに巻き込まれることもあった。新しいやりがいを見出すこともあった。それぞれの窓にはそれぞれの経験がふんだんに用意されているのだった。
秋も深まり、スーツを羽織りネクタイを着ける寒さになった。このスーツ姿は象徴的に思われた。何よりスーツ姿が身になじんだことに意味がある。私はたくさんの窓を通過することにより、一通り社会の通過儀礼を終えたのだった。ようやく怯えることなく余裕をもって仕事ができる。それがスーツが身になじむということだ。スーツはもはや私を拘束する脅威でもなく、私が故意に被る仮面でもなく、私の内面の深まりが余剰として外部に表れたものだ。
駅のホームは私の何もかもを見通している。私以上に私を知っていながら沈黙を守っている巨大な存在だ。このような巨大な存在が立ち続けることに、私は限りない安心を抱くのだった。
電車がやってくる。私は職場へと向かう。私はようやく旅立てる気がした。身になじんだスーツとともに、たいていの種類の窓を通過して、ようやく旅立てる。今まではすべて旅の準備にすぎなかった。これから真に旅立って行くのだ。旅の行き先は知らない。


自由詩 旅立ち Copyright 葉leaf 2015-10-27 05:57:21
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