人魚
あおい満月

静寂のなかで、
何かが明滅する。
明滅は赤い、
悪魔の囁きだ。

(おまえは何が欲しい?)
(おまえは何が欲しい?)

囁きは喉元まで迫ってきて、
私の首を絞める。
私には欲しいものはない。
ただひとつだけ、
誰かの心を揺さぶることばだけを求めている。
悪魔の手が、
私の口から喉に入り込んで、
心臓をかきみだす。
私はその手を力強く引っ張った。



鏡の上に、
一匹の赤い蜘蛛がいる。
私が鏡の上に立った刹那に、
怒号のような声が響いて、
気がつくと、
蜘蛛が赤い男になっている。
男の手が私の肩に触れる。
そしてまた、
あのことばを囁く。
男の手を力強く振りほどいて、
身体が焔になった私は、
持っていた空のワインボトルで男の頭を殴りつける。
血が、
何かを描くように流れ出る。

**

窓辺で月をみていると、
月は赤い血の色をしている。
開けたばかりのワインも、
どこか味気ない。
すると、
赤い月が鏡に変わり、
あの男の笑みが、
にっくりと浮かび上がる。
ワイングラスにも、
男の唇が。
あのことばを囁やきながら。
男は何人も殖えていく。
私の部屋は、
赤い手垢にまみれた 水槽になる。
私はそこで、
溺れ逝く人魚。



自由詩 人魚 Copyright あおい満月 2015-10-25 15:09:49
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