【HSM参加作品】狂気の時代
イナエ
今 冷静に考えればおかしなことは幾つもあった
学生服のボタンが陶器に替わったのは良いとしても
疎開先の山村に棲む父の従兄の大工小屋で
兵隊さんたちが材木を使って
角形の潜望鏡のようなものを作っていた
こんな山奥でも
本土決戦の準備をしているのだ
体の芯から軍国少年だったぼくは
本土決戦が近いことを信じていた
しかし
不意に顔を出した好奇心が口を開いた
「何作ってるのですか?」
筒の中を覗き込んでいる兵隊さんが言った
「これはねえ 秘密兵器」
その瞬間
ぼくは聞いてはならないことを聞いてしまった
見てはいけない物を見てしまった気がした
兵隊さんが続けた
「ここに弾を入れて ドカーン」
「でも…これ木でしょ?」思わず聞きかえした
これはまずいぞ と言う声が渦巻き始め
ぼくはスパイじゃないよ と付け加えたくなっていた
が、兵隊さんは ぼくの不安に頓着なく続けた
「だから 秘密兵器」
周りの兵隊さんたちが ふふんと笑った
その夜 どこで仕入れたか父は
「広島にとんでもない爆弾が落ちたらしい」
と押し殺した声で母に言っているのを聞いた
数日後 大工小屋からは
兵隊さんたちの姿は消えていた
いよいよ本土決戦が始まるのだな
壁際に整然と積まれた木材をながめると
後は お前たちが引き継ぐのだぞ
兵隊さんがそう言っているような気がしてきた
その日
戦争が終わったことをぼくは知った
本土決戦も行わないで…