羊とともに眠る夜
そらの珊瑚

古い本を開いたら
あったはずの文字が
ところどころ喰われていた
くいしんぼうの羊のやつめ
紙より文字が好きときている

古いインクは美味らしい
いい具合に熟成していて
ひと噛みすれば口の中に
喜びとか悲しみだとか
人生で起きる様々なスパイスが
複雑な味となって
広がるらしい
本など読むものではなくて
食べるものだと主張する君に
真実はひとつじゃないということに
気づかされた
月光よりもやさしく
ひとの言葉と
羊の言葉と
命あるものから
たくさんの言葉たちがあふれているのに
通訳さえ存在しないという現実

ああ、だけど困ったことに
その本を読み直そうにも
欠けた文字だけじゃ
物語にはなりえないし
物語に見放されたわたしの夜は
ますます長く
明けないくらいに

おいで、わたしのグルメな羊
寒い夜にはうってつけのあたたかな毛布
支えあって冬を乗り切れば
春、草原から
失くした文字が
生えてくるかもしれないという幻想を
食べながら眠る夜


自由詩 羊とともに眠る夜 Copyright そらの珊瑚 2015-10-11 15:34:06
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