あおい満月

刑務所で子供を生んだ。
その子に「あかり」と名付けた。
闇ばかりだったあたしの人生に
あかりが灯るようにと。

あたしには、
殺人未遂経験がある。
14歳の中2の夏の日、
ある男子に性的な嫌がらせを受け、
裸にされて、
プールの脇に生き埋めにされそうになったあたしは、
持っていた切り出しナイフで
その男子の脇腹を刺したのだ。
幸い命には別状なく
未遂に終わり、
あたしはいじめを受けていたという理由で、
少年院行きは免れたけれど。

それからというもの、
あたしは高校へは行かず、
家庭教師と独学で学力を身につけ、
20歳になった頃には
銀座のバーでホステスになって働いた。
そこで、
ある男と知り合った。
職業は、
ある輸入品を買い入れている会社の社長だという。
あたしは彼の
南国の蛇のように
くるくる変わる不思議な目の色に惹かれた。
初めて鼓動を重ねた夜は、
南米に拡がるひび割れた大地のような胸に恍惚した。
ついに、
生涯を共にすると決めた日に、
彼はあたしに、
一袋の白い粉を差し出した。


(これを吸えば、
ここには在るけれど
ない場所へ行けるよ。
一緒に来てくれないか)

言われるがまま、
あたしはその粉を
いぶしながら吸い込んだ。
見たことのないオーロラが見えた。
真夏の赤いアメリカの岩の大地を
虹色の鳥が飛んでいく。

それからというもの、
彼は毎晩、
同じ粉をあたしに吸わせた。
あたしは毎晩鳥になって、
裸で彼をなめまわし、
部屋中を飛び回った。

夏の囁く梅雨空の下、
裸になったあたしは警察に身を確保された。
調べによると、
信じたくない事実だったが、
あたしの夫の本当の職業は、
麻薬密売人だった。
あたしは長い間騙されていたのだ。
あたしも夫も逮捕され、
刑を受けている間に
この身体に「あかり」を知ったのだ。
※日本での受刑者の出産後の育児期間は一年半。
いずれあかりはあたしの手を離れ、
乳児院に預けられるのか。
あたしは涙が止まらない。
自らが犯した過ちで、
ひとつの命の生涯に難を与える。
あたしなど、
死刑に処されても構わない。
ただ、
あの子には、
あたしみたいには
ならないでほしい。
いずれ娘になって、
人生を考えるようになったら、
迷わず学んでほしい。

愛という、
優しく強い悪を。
そして、
自らを壊してまでも
生きてきたあたしにならないよう、
しっかりとその二本の足で歩いて欲しい。
あかり、あかり、
あたしの目覚めの光。



※朝日新聞平成27年5月29日(金)の夕刊によると
ドイツでは受刑者の育児期間は幼少期まで
アメリカではもっと長いスパンだと言われる。
日本では一年半であるらしい。


自由詩Copyright あおい満月 2015-10-10 21:16:40
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