しらす
あおい満月

(誰かが見ている)

そんな気配で
窓を振り返ると
一匹のしらすの目があった。
思い出した、
弁当箱いっぱいの
ぎらぎら光るしらすたちの目を。

しらすの目は、
帰りの車内にもついてきて、
どこか異国の言葉で話しかけている。
人々は皆、
警戒の旗を振りかざして
しらすを避ける。

だから子どもは、
怖がってしらすを食べない。
食道の水路を通って
腹のなかで膨張して
食い荒らされるのが怖いのだ。
しらすは死にながら生きている。
いつだったか、
駅のホームの隅に白い吐瀉物を見つけた。
そのなかに、 しらすがあった。
しらすは内蔵の皮をくわえながら、
大きな目で、死にながら生きていた。
誰もが皆、 何かをくわえている 何かを見つめながら。
わたしはしらすの想像に、脳髄を喰われている。

明日また、ご飯の上には
大量にしらすが盛られている。
想像の菌が、また増殖する。



※『文芸思潮賞』第三次予選通過作品。


自由詩 しらす Copyright あおい満月 2015-10-03 15:23:16
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