旅の道づれ
そらの珊瑚

窓硝子の向こうに
しがみついている一匹の虫
短い発車ベル
いくぶん傾いた駅を電車が出てからも
飛び立つことをせずに
じっとしている

終点を知らされていない線路はゆるやかなカーヴを描き
非情にも加速されてゆく私たちの愛すべき乗り物
次第に強くなる風を
一身に受けてもなお
そこでそうしていることを
まるでみずからが選んだのだという
気概すら感じさせて
がんばれ、がんばれ、と
心でつぶやいた励ましは
がたんごとんという電車のゆれと
共振するうちに
いつしか自分への言葉となって

けれど
次の駅までは持たなかった
名前すら知らないその虫は
トンネルに入る直前に力果て
虚空へ消えた
ああ……
あっけないほど残念
私は英単語帳をふたたびめくる
高校のある駅まではもうあと十分

暗転した鏡
現在の自分の顔が映る
あっけないほどはやく過ぎた歳月が
正確な方程式の答えのように
刻まれていることを
私以外の人は知らないし興味もないだろう

今日の旅の道づれは
ひときわ大きな満月と
私の中にかつていた少女



自由詩 旅の道づれ Copyright そらの珊瑚 2015-09-28 11:06:26
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