時のゆりかご
西天 龍
昭和四年に起こった世界大恐慌で
日本の主要輸出産業であった製糸業は大打撃を受け
以降衰退の一途をたどった
当時、豊かな養蚕地帯であったこの地方も
その影響は免れず
伝来の土地を守るために長男が家に残り
あとの兄弟は離散していった
そんな故郷の歴史を改めて知り
幼いころの記憶がよみがえる
桑の実を摘み、生い茂った葉は絶好の隠れ家だった
家に帰れば「おかいこさま」が葉を食む音に溢れ
蚕棚の下に寝かされもした
半世紀以上も前の微かな記憶ではあるが、
戦後ではなく、東京タワーはもう出来ていた
野や山にあるもの以外、ろくな玩具もなかったが
忙しく遊んでもらえない寂しさ以外に
養蚕農家の暮らしにみじめさを感じたことはなかった
製糸工場に繭を運ぶ荷車に乗せてもらったのは
誇らしくさえあったが
今思えば、消えゆく養蚕さえ手がけなければならないほど
貧しかったのかと、両親の苦労を思う
製糸工場の後には東京からさまざまな工場が疎開してきて
この地は電子、精密機械の街に変わった
父も桑園を捨て、工場に働きに出た
我が家の歴史は
時代に翻弄されながら、でも一生懸命生きてきた
父や母、そしてはるか昔この地に根付いた
おじいちゃん、おばあちゃんたちの記憶
そんなゆりかごで育てられたことを
今改めて誇りに思う