墓石の幻想郷
るるりら


それはとても柔らかくて静かな日だった
わたしは視力を失いかけている母の目を治すことのできる医師が
この地にいると聞いて はるばる この地にやってきたのだが
偶然にも その夜は、祭りの日だというので 母には悪いが
母をホテルに残し ひとり見知らぬ街にくりだした

まるで草の根も お囃子にそよいでいるかのようだった
坂の多い海辺のちいさな町の夕暮れに 点在する家々からの胡弓の調べが
ほのあかるく揺れている

無言で踊る女たちの貌は みえない
半円の笠を被っているからだ
しろい指で描かれる まるみをおびた風のゆくえ
越中おわら節 風の盆

そろいの浴衣の踊り子は ほんとうに人だろうか
自分が何か不思議な幻に包まれていることに気がついた
どこか生者の気配とは違う自然との一体感
彼女たちは 精霊かなにかのように
ありうべからざる色彩の中を流れている

うたのひとつが 耳に残った
「浮いたか瓢箪 かるそに流るる 行先ァ知らねど あの身になりたや」
踊り子が背を美しく反らせている
生きている人なら 筋肉が悲鳴をあげそうなものを 
かるがると 旋律の中に人々は居た

ひかりとは 希望の別名だと思っていた
それは 本当だろうか
闇の中で踊る人々は、天女のようだった
まどう風の道なりは
漆黒の国にも 

うつくしく つづいているのかも しれない


自由詩 墓石の幻想郷 Copyright るるりら 2015-09-16 20:03:20
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