わたしは
ただのみきや

海が見える新興住宅地
まだ買い手のつかない広い区画には
イタドリ ススキ タンポポ 
何処からともなくやってきた
柳や白樺の若木も生え
地面は覆い尽くされることもなく
盛り固められた土が腐葉土と異なる地肌を見せる
セキレイが歩く 縫うように 立ち止まり また
キリギリスが鳴き放つ どこか田舎者を匂わせて
もうすぐ嵐が来るだろう
ぬるく湿った風が若い柳を躍らせる
わたしたちもまた断絶された歴史の表層
その作られた土壌にたまたま生まれ落ち
感覚だけを頼り根を這わせ探っていた
自分という存在の謂れを
何者かであろうとして溺れもがきながら
生まれ育った場所にも時代にも違和を抱き
常に何者かであろうとして
外に内に響きあう符号を探していた
多くを求めた訳ではなく
かと言って無欲だった訳でもない
幾つかの思想や価値感が頭の中を染めて行き
知者になったつもりで物事を単純に色分けした
食べすぎて吐き戻すように本当は消化も滋養を得ないまま
憶えたての理屈をオウム返しに囀っていた
漠然とした怒り
漠然とした恐れ
何かに追われ何かを追いかけ
夢中で盲目で感情的で利己的な正義感で満ちていた
生命力が仇となるほど時間と労苦を散財し
命がけの恋のように心中さながらのめり込んで
だが何かが変わってしまった
否 何も変わらなかったことに気付いてしまったのだ
いつしか醒め 冷め 雨に打たれる残骸となって
手にしたことのないトルフィーやメダルの輝きに網膜を焼かれ
傍らにそっと舞う蛍 遠くから見つめ続ける星々も
眼中に入らなかった
そうはなるまいと高を括り揶揄したものと
良く似た姿が 今ここにある
所有しているものは空気のようで
所有していないものばかりが心を圧迫する
欲望は細るも先鋭さを増して
アカシヤのような棘が自分にも他人にも容赦がない
ああ海鳴りよ 引き裂くカモメの声よ
塩辛い泡沫と共にわたしに寄せて来い
奇形の殻から満ちて来てわたしの砂城を侵食せよ
ああ茫漠の海よおまえは海であることに飽きもせず
尚も玩具のような船を浮かべて海らしく振舞えば良い
海よおまえはわたしの混乱が魚となって泳ぐ場所
おまえは死であり語らぬ教師だ
果たして何者であっただろう
否 もう何者でも構わないのだ
買い手のつかない土地だ
たまたま生えた一本の灌木だ
大きく成長することもなく
脈々とつながる歴史もなく
何かへと作り変えられることもなく
ただひたすらわたしなのだ
土地に買い手がつけば
無造作に伐採され捨てられもしよう
利用価値もなく再生産されず
ただ生きる故に生きて死んで往く
鳥や虫を草花を隣人として
嵐の前の静かな風に踊っている
誰に見せるためでもなく
ただ踊る故に踊り踊るために踊る
名前を持たないもの
時空の居候
雑草に傅かれ王様のようにそよいでもみる
一本の灌木だ
海に研がれて打ち上げられた
あの遠い異国の流木と同じ信仰を持つ兄弟だ
初めから終わりまで
わたしはわたしなのだ




               《わたしは:2015年9月12日》









自由詩 わたしは Copyright ただのみきや 2015-09-12 22:54:57
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