舞の涙
オダカズヒコ
老舗のホテルで寝ている舞は
魚みたいで
息もしていないのに
きれいに見えた
お互いどんなしくみで
そうなってきたのか わからないのに
仕方なくそう抱き合って
迎えた朝のような気がした
愛情に問題があったのか
人生に何かが足りなかったのか
とかく大きな問題を残して
迎えた朝のような気がした
ふたりはいつも真剣勝負で
まったく嘘のない世界にいたはずなのに
それが全然 息苦しくもなく
むしろ癒されている自分がいたりした
アフリカのどこかの部族では
女の子が生まれると
木彫りの男の形をした人形を
ひとつ与えるのだそうだ
そういえば昨晩
無神経にゆがんだような
舞の両腕の力が
僕の背中を彫刻刀のようにつかみ 握りしめ
そして彼女は自分自身の身体の中に
僕を押し込めようとしていたような気がした
それはとっても
時間をかける必要のあることのはずなのに
舞ってば 一分一秒をそれを急ぐように
何度も僕の背中に
力を込めていた
「痛いよ」と
僕が言って ふたりが身体を突き放すと
そこにはとても空っぽな
空間が広がっているような気がして
痛ましかった
形だけタオルを胸に巻いて舞は
太もものアザをさすりながら
この夏 最後の海だもの
うんとたくさん
あしたは泳がなきゃ
そう言って
テレビをパチンとつけて観ながら舞は
「うんうん」ってひとり
頷いている彼女がいた
「舞はね
昔からこの世界を知って
生まれてきた気がするの
ずっと不幸を
背負ったまま死んでいくことも
わかっているの
でもね
たったひとつだけ
生きてきた証を残して
死んでいきたいの
ただそれを
一緒に探してくれたり
体験してくれたりしてくれる
ボーイフレンドが
欲しかっただけ」
そう言って
少し日焼けした横顔の舞は
顔も上げずに
肩をぐずぐずさせながら
浜辺を見下ろす海みたいに
泣いていた