階段
あおい満月

脂ぎった唇を
払拭するために、
ことばを書くのなら、
極上の肉を喰らった味も
記憶の底に埋葬することになる。
まだ、
辛くしょっぱい
味の残る舌の細胞の奥から、
この感じを書いてくれと、
時雨が聴こえる。



いつも私は、
空腹なのか。
帰宅途中にコンビニで
一つの惣菜とお茶を買い、
車中で食べている。
まるで子どもみたいだ。
卑しい視線にちくちく刺される日もある。
見えない場所に、
ぽっかりと穴が空いている。
そのなかに、
誰かの言葉を詰め込んで、
自分のことばで排出している。
それが私だ。

**

(今、みえる景色はなんだい?)
顔は見えない、
男の大きな手が
目隠しをしながら
話しかける。
目を開けると、
見たことのない場所にいる。
スポットライトが当たっている、
古びた夜の工場。
有刺鉄線がぎらついている。
足下に落ちている、
硝子のようなものの
破片を拾った。
その刹那、
手のひらを切った。
痛みはなかった。
血は、
空を持たない星になって浮かび上がった。

***

演じるのは簡単だが
見破られたら、
ただの虚しいマイムにかわる。
だから私は、
誰も求めない。
そうあの人は言っていた。
透明な味の水が欲しい。
求めないものほど
無になればいい。
あの人は空になった、
届かない永遠のヘブン。
いつかあの海にくちづけしよう。
想いは還っていくから。
もしも、
風は海に還るものならば。

****

いつの間にか眠っていた。
終わらないことばの階段は、
たかたかたかたか、
終わらない地の果てを降りていく。


自由詩 階段 Copyright あおい満月 2015-08-20 21:49:00
notebook Home 戻る