「ラフ・テフ」番外編 ゆっこのキリン(プリントアウト用)
オダ カズヒコ
シャワーの栓を戻し
前髪を上げ
ゆっこはコンタクトレンズを外した
ブラのホックも外し
彼女は浴衣を脱いで
素肌のまま布団に滑り込む
見知らぬ男の前で
裸になるのはこれが初めてだった
ホテルの一室は
まるで火袋を滲ませて浮かび上がった
焼け爛れたソウルのようだった
ぼくは部屋の窓を開け
引絞った弓矢のように夜天に放たれて
漆黒の星屑を 蹴散らしながら跨いでいく とても大きな
キリンの滑空を見ていた
「きれいね」って言う
彼女の声で振り返ると
もう ゆっこは
布団を頭に深く被って
眠りに就いていて
うわごとでそう言っているのだ
真紅のベロアの椅子に腰を掛け
ぼくはタバコを吸っていた
もう窓の外に
キリンなんてみたりはしない
きっとあんまり大きな声で
それも寝言で
ゆっこが彼のことを何度も言うものだから
キリンはどこかへ隠れてしまったらしい
「キリン キリン」って
また彼女がまたうわごとで言う
一晩中 窓を開け放して
おきたい気分だったが
ゆっこが風邪を引くようなことが
あってはいけないと思ってやめた
その代わりぼくは
ホテルの部屋の南側の白い壁に
キリンの絵を描き始めた
それから バスタブや天井にだって
テーブルの上にも 湯のみ茶碗の裏っかわにさえ
腕の力がなくなるくらい
フェルトペンで描き殴った
朝 ゆっこをゆすった 夢の中でみていたキリンが
実在するんだって証明するために
ぼくは力の限り描き殴った
街ん中のビルとビルの隙間から
朝陽が差し込むころ
ひとつのベットの真ん中で
ふたりは部屋中に描き殴られた
キリンたちの絵を見て笑いあった
「アホやな 仕舞いにおこられるぞ!」
「でもほら あのキリン 目が三つもあるじゃない」
「主体の形成をめぐる 重大な露呈だな」と
ぼくがいったらば
ゆっこは僕の太股をギュッとつねる
「イテっ!」
「それは客観の形成をめぐる 重大な汚点だよ」と言って
ゆっこは ぼくの額を軽く小突く
彼女はベットの上にある
受話器を取り上げて
フロントへダイヤルをまわす
「すいません!アフリカのサバンナから
5匹もキリンがこの部屋に逃げ込んでいますっ
どうか・・・今すぐ・・」
すっぴんのゆっこの唇にぼくは指をさし伸ばし
唇を押し開け 人差し指でそれ以上しゃべれぬように
彼女の舌をギュッと押さえ込む
それからふたりは背筋と首をギュッといっぱいに伸ばして
とても高い木の上の 赤い実でもついばむようにして
抱き合った
「いま キリン居る?」
そう言ったゆっこの髪が ぼくの頬にさらりと触れて
胸ん中のとても堅いとこに
ドンドンって何度も 何度も
サバンナを駆けるキリンの蹄みたいに
土くれを蹴っ飛ばしてくる