笑いの刑
ただのみきや

雨が降り始めた
何処で これ以上 笑えばいい
景色の感覚を剥ぎ取られて
白い足の子供たちが
死の石と兎の上を
水蜜のように歩いた
さらわれてしまう耳目
暗渠から招く文字のうねり
疑問と交配する
蝸牛のようなキスで
熟れていた とっくに
皮を剥いて頬張る
どこまでも甘い涙


坂を転がり道はゆっくりと
右に消えて
遠く辿る 瞳の 立ち尽くす
海の溢れが 繰り返した
潮騒の人形
溺れるはらわたの
すっぱい原石
鮮やかすぎてネガになる
夏の飛行の変死体


重ねた素足の 舳にしがみつく
サンダルが 力尽きて
光と泡が思考を冷却し
料理される 沈黙
背中にピンで止められた
誰ニモ似ナイ似顔絵ガ
見つめた時代の奥行から
汽笛が 聞こえ
わたしたちは錆びていた
たぶん
アナログレコードの
少し波打つ過去
丸椅子から
落ちて往く
影ばかり美しい午後だ


腐った床を踏み抜いた
空洞を知る
不在の味わい
噛み締めた頬を裂き 駆け上がる


ヤシの実のように漂着した
不発弾に大きな蜥蜴が寄り添った
目を瞑って読み耽る
光の散弾で
すでに傷だらけだった
笑いの刑は続いて往く
亀を裏返す遊びが
街中を進軍し
誰もがリュウマチのように踊った
警官の拳銃が嘯いた
誰もが寡黙な祭りの構成要素だった


その時 石が叫んだ
火だるまの子供たちが
口から沢山の黒いネジを吐き出して
そのまま
ねずみ花火になって
焦げて
破裂した


冷たい水を
心臓の深い切れ目に注いで
石鹸を捜して白く泡立てて
皆既日食の顏たち
白い紙の奥底で世界を黒く浸食する違和が
絶対零度で眼差している
空の大きすぎる浴衣
四肢の言葉の歯がゆい齟齬が
縫い目を解いて
そよぐ 厚みの 切れ端に
鋏よ鋏よ
愛と死の鉄と熱の
鋏よ非情よ非対称よ
鋏よ鋏よ鋏よ鋏よ鋏よ鋏よ鋏よ鋏よ鋏よ鋏よ鋏よ


訪れていない
始めから
正体のない
生まれていない
世界のために
祈る翼の肥沃な領地へ
たわわに実れ
梨 桃 葡萄 柿 林檎
垂直に落下する
紺碧の揺りかご かもめが証言した
何処かに船に乗せた食べ物はありませんか
爪が伸びすぎて
次から次へと殺します
虹色のにわか雨が
丘で生まれた金魚には理解できません


拘束されている 指の細い暮らし
逃げ出せない表情の
爆破された 蝶は 静止する
時が見つめ合う
鏡のような
あなたの声
シャツより内側から
鍵の掛らない部屋に隠された
絡めあったままの手首から
まだ名づけられない蒼白の
花が 乱れだす
幼い動物のように震えながら


解かれた音塊が幾つも転がった
躓き 転び 血を流し
無数の生きる死者と死んだ生者が
後から後から連なって
叫んでいる
黒い柘榴のような
都会の割れ目から


白檀のけむりが蛇のよう
夏が化ける 汗と血とスイカの 白い
瞳に揺れるボウフラ
閉じながら 回転し
ゆっくりと 静止する 幽霊たちの
揺らす蜘蛛の巣 一瞬の四十万に
百万もの 嘘を孕んで
声もなく氷の礫 道が続いている
眠りの 深い 穴から 戻らず
朝陽と格闘するクジラだった
生きなければ
黄金の刑罰とはならない
肋骨を引き抜いて剣に杖に
裸だ 裸の王様女王様 
裸の乞食
裸のエンペラー
裸の国民
雑誌のグラビアみたいに笑えばいい
仏像みたいに笑えばいい
言葉だけで笑えばいい
君たちも笑いの刑だ
心臓に咲くぞあれやこれやハハハ




                《笑いの刑:2015年8月12日》








自由詩 笑いの刑 Copyright ただのみきや 2015-08-12 14:10:21
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