スイセンのある部屋
伊藤 大樹

こぼれる時間は青い砂だ
と あなたが云う
青い谷に迷い込んだ蝶はわたし
不在しつづけるひとつの青い無名

立ち尽くしていた
凡庸な言葉の出かかるのを ぐっとこらえ
まるでひとつの禁忌
罰せられることのない罪を
あなたは自ら負ったのだ

触れられない
ひとたび触れてしまえば壊れてしまう
そんなあえかな刹那が
ふたりには許されていた

偏見のない澄んだ双つの目を
いつか 捨ててしまった
部屋の窓からの空の青さにも
沈黙してたたずんでいた
いいえ、噤むことさえ あなたは憚った
なににそんなにも急かされているの?
溶けたコインをポケットに忍ばせているあなた

風のそよぐ窓に凭れ 夢見ていた
もうきっと失われることはないだろう
わたしのなかを流れるひとすじの渓流
苔むした時間に坐って ひとりうずくまっていた

わたしの名を呼ぶ獣の声
いまなら聞こえる、見える!
砕けるガラスのような緘黙が

そのとき わたしは
ふと〈ふたり〉という言葉に隠された孤独を嗅いだ
少しだけ雨の匂いの混じったそれを
わたしは いままで愛していたのだと知った


自由詩 スイセンのある部屋 Copyright 伊藤 大樹 2015-08-04 20:25:08
notebook Home