なにもない
Seia

キーボードのエンターとバックスペースの間
をみつめて三十秒、二十秒、十、五、時間の
感覚がのびていく、のびて、のびてのびて閉
じ込められる、閉じ込められた時間の中でわ
たしは泉の前に立つ、あなたが落としたのは
この金のオノですか?それともこのチョーカー
ですか?首がついたままの、首は余計ですか、
それとも、のぞいてみますか、この穴の中を、
呼ばれたときにはもう頭から首まで、吸い込
まれていました、空が綺麗、空、ではないの
かな、星が見えすぎて痛いくらいに、ここは
月の上です、ここは月の上です、ここは月の
上です、Aボタンを押しても押しても同じこ
としか言わないうさぎが耳もとに一羽、その
後ろにもう一羽、その後ろに、その、そして
ずっと後ろにちいさく、6時間待ちの看板を
持ったバイトの人がめんどくさそうに、イン
カムを付けてどこか遠くから指示を受けてい
る、はい、はいすいませんはい、中空に向か
ってお辞儀をしながら、はいお疲れ様でした、
両肩を掴まれて引っこ抜かれたあとの第一声
は、で、どちらにするの?でした、いつの間
にか左手に握られていた金のオノはリモコン
に変わっていました、それにします、その、
リモコンに、声が泉の主に伝わるまで何秒か
かったでしょうか、波形が伸びきる前に、わ
たしはリモコンをつかんだまま、こわれたテ
レビにむかって電源ボタンを連打していまし
た、つかない、つかない、わたしの口はぱく
ぱく、わたしを置いてけぼりにして話してい
ます、ボタンの文字が摩耗して薄くなったこ
ろ、もう、おさなくていいよ、うさぎの声が
わたしの口から聞こえる、もう、おやすみな
さい、なにもない夜に、なにもなかった夜に、と。


自由詩 なにもない Copyright Seia 2015-07-29 18:40:38
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