アボ太郎
もり
「やっ、何でアボカドッ!」
どんぶらこどんぶらこ、
上流から流れてきたアボカドに、
おばあさんは洗濯中のおじいさんの褌を落として、思わず叫びました。大きな、大きなアボカドが流れて来たのです。
おばあさんは、このまま流してしまおうかとも考えましたが、
その人並み外れた好奇心で、すでにアボカドを捕獲していました。
ゴツゴツとした、鈍く輝く黒い表皮。いったいこの中には誰、いや何が入っているのか・・。久々に胸が高鳴っていました。
その夜。しばかりを終えたおじいさんは晩御飯も食べ終わり、茶を飲みくつろいでいました。
「ばあさんや、何でまた岩なんか持って帰ってきとるんじゃ?」
実はおばあさんには、洗濯の合間に川のきれいな石(ばあさん曰く)を集めてはコレクションするという悪癖、否、趣味があり、おじいさんはアボカドもそのひとつだと思い込んでいたのです。
「じいさん、それはアボカドじゃ。今日、川で拾てきたんじゃ」
「なんと?あぼかど?なんじゃそれは。桃やないんか」おじいさんは目を丸くして言いました。
「アボカドはのう、中が緑色した、若い衆が好んで食べるもんじゃ。
醤油をかけると、トロみたいな味がするんじゃぞ」
おばあさんは、ニヤつきながら言います。
「おぉ、トロか・・ でも、ならなぜわしがスッパゲテイを食べる前に言うてくれんのか・・わしゃトロが食いたかった・・」おじいさんは少し寂しげにつぶやきました。
「さぁ、切りましょう」おばあさんはナタをスッと、手渡しました。
おじいさんはナタをいきおいよく振り落としましたが、あいにく気持ちよく割れてくれません。
「真ん中にかたい種があるんじゃ、じいさん」
アドバイスに従い、
やっとアボカドは2つに割れました。
醤油をたらし、口いっぱいに頬張ります。
「ぅ・・うんまい!トロじゃ!これは目を閉じて白飯と食うたら、立派な鉄火丼じゃ!」おじいさんは大満足で、目を閉じたおばあさんにもアーンしてあげました。
「うん、おいしゅいのう。やしかし、子どもは中におらんかったのう・・。残念」
おばあさんはその昔伝え聞いた『桃太郎』のような展開に淡い期待をよせていたのでした。
「あんなんは迷信じゃよ、ばあさん。それより明日から、わしは川上でもっとアボカドを探してくる。それで一儲けしようじゃないか」
おじいさんが夢見る少年のような小踊りをかましたそのとき、
かたわらに捨ててあったアボカドの種がいきなりパチリンッ、バチバチッ!!と弾けました。
「うわぁあああーっ!!」
なんと種の中から、赤ち・・いや、小さなオッサンが出てきたのです。
「うっ、うぉぉぉぉーうぉーっ!!きたきたきたよきたようっ!」おばあさんがふだんより2トーンほど高い声で、バシバシおじいさんの背中を叩きながら叫びました。おじいさんはあまりの出来事に、小水を漏らしてしまいました。
日焼けした肌がやけにまぶしく、彫りの深いラテン系のオッサンは、全裸で直立不動のまま、突然叫びました。
「ムチャスグラシアス!ムッチャムッチャグラシアス!!」
そして家の戸口をいきおいよく開け、猛ダッシュでさらに川下へと駆けていってしまいました。
興奮冷めやらぬおばあさん、
恐怖に打ちひしがれるおじいさん、
どちらも震えながら、沈黙が流れ・・。
ようやく平静を取り戻したおじいさんが口を開きました。
「あれは何・・・、まぁよいわ。ばあさんや、褌の替えをとっとくれ」
しかし、おばあさんはまだ開いたままの戸口から、夜の帳を見つめています。
〈まるで少女のようじゃ。出会ったころのような・・〉
おじいさんは、その横顔を見ながら思いました。そして、もう一度だけ言いました。
「ふんどし」
おばあさんは、ゆっくり、噛みしめるように目を閉じました。