『ラッキーストライク』  卵から始まるはな詩⑦
ただのみきや

はい 間違いございません
わたしが〝ラッキーストライク〟です
本家本元 
「首相投卵事件」以来
多くの有名著名人ばかりを狙った
スロウアンエッグテロリスト
今や多くの模倣犯が現れて
巷でしょっちゅう起きている
投卵事件の生みの親
〝ラッキーストライク〟本物です

鬱憤晴らしといえばそうですが
ただムシャクシャして速行動って訳ではありません
わたしはね
わたしなりに世の不条理や運命の冷酷さを
何年も何年も悩み想い巡らし考えました
おかげですっかり脱毛症になり
卵みたいになっちまって
ますます運命を呪いましたよ

まあ結論から申しますと
ささやかな「運の再分配」というところでしょうか
成功者 人気者 権力者
マスコミや観衆の前に颯爽と出てきた所を
いきなり生卵が直撃する
それも必ず顔面ど真ん中
驚きと恐怖 その無様な姿の
写真や映像が津々浦々まで行き渡る

わたしはね
母方の姓が首相と同じでね
名前の方が一文字違い
なんか親近感を持っていて
でも同時に
なんでわたしはこうも運がなく
人生の最下層を生きているのかって
どうしても我慢がならなかった
だってほら しゃあしゃあと
国民の安心とか 働く人のためとか 
いっこうに何にも良くならないじゃないですか
なのにスター気取りで中身のない演説して
すごい給料じゃないですか首相って
たんなるパペットでしょうあれって
だからね
最初の一投目は首相に決めたんです
衆院選の応援演説
ドーラン塗った顏のど真中
炸裂したって訳ですよ

ほら去年大リーグに移籍した
セ・リーグの嫌な投手がいたでしょう
しょっちゅうどこかの局の女子アナと
くっついたとか離れたとか
まあマスコミも馬鹿なんだけど
あんな男が女性から大人気って言うんだから
世も末ですよね 全く
わたしもこう見えて高校時代
ピッチャー兼外野手でした
肩の良さもコントロールの良さも
県内屈指と言われたものです
ところがね 県内予選の第一試合で
何処と当たったと思います
そうあの馬鹿野郎の高校とですよ
県内ではライバルだったんです
ところがね
うちのチームは打撃が弱かった
一回戦敗退です
わたしはこれといった活躍なし
そのまま野球人生も終わりました
あいつは県内予選を勝ち抜いて
甲子園の決勝では投手戦を制して優勝
プロ野球選手になって
契約金が何億って
美人アナウンサーを
とっかえひっかえってあんた
おかしいじゃあないですかあ!
だからやったんです
卵を投げたら遠投でもコントロールでも
負けやしません
これは正当な復讐です
わたしにはその権利がある
お分かりでしょう

そう あのIT企業の社長
〝時代の寵児〟って良くテレビに出ていたあいつも
やりましたよわたしが
あれは最高でしたね
腰を抜かしたって言うじゃないですか
あの怯えた顔
見咎められた小悪党感丸出しで

実家は養鶏業でした
わたしは卵の扱いが長けていまして
三歳で五個
五歳で十個の卵を自在にお手玉したものです
養鶏業者の運動会では卵キャッチボールの種目で
兄とペアーで百五十八メートルを記録して優勝しました
いま思えば良い時代でしたよ
でも長い不景気と親父の賭け事のせいで
養鶏場が他人の手に渡ってしまい
その頃からわたしの人生は狂ってしまった

――自首した理由ですか?
簡単に言うと生きる希望を失ったからです

わたしが卵を顔面にストライクさせた連中がね
みんなどういう訳だか人気が上がったり
幸運に恵まれるんです
あれ以来首相の支持率はV字回復し
馬鹿ピッチャーは優勝の立役者となり
人気絶頂で大リーグへ移籍
あのアホ社長の会社の株価も
わたしの卵が命中して以来急上昇
マスコミがつけた呼び名なんですよ
「ラッキーストライク」は
まさかとは思いましたけどね
偶然がこんなに続く訳もないし
試してみたんですよ
有名人ではないですけど
知り合いに会社をリストラされた男がいまして
奥さんにも逃げられて 借金もある
まあそんな兄弟みたいな男を狙うなんて
ちょっと気がとがめましたけど
実験ですからね
待ち伏せして 
命中させましたよ
どうなったと思いますか
そいつ次の週には再就職が決まり
競馬で万馬券を当てて
若い彼女ができったって言うじゃありませんか
信じられます?
でも本当なんです

それでわたしは決心しました
実は わたしにはずっと昔から
想いを寄せている女性がいましてね
その女性が五年くらい前から悪い男と付き合いだして
もともと清楚で愛想のよい人だったのに
純粋なだけに染まりやすかったのか
あっという間に変わってしまって
髪は金髪で裸みたいな服
腕にはタトゥー いつも咥えタバコで
昔は 目があったら会釈してくれてね
嬉しかったなぁ
だけど今じゃ目も合わせてもらえないし
目が合ったら合ったで汚いものでも見る様に
でもね あの人はどう見ても幸せじゃなかった
悪い男にそそのかされて無理していて
見ていられなかった
それでね
彼女を不幸から救おうと心に決めた訳です
わたしの卵を命中させて
わたしはこのミッションを
ラッキーストライクの最後の投卵にしよう
そう決めたのです

そうして決行しました
あの人が夕暮れの商店街から橋を渡って歩いてくるところを
真正面からです
わたしは最大のラッキーを願って投げました
外しはしません 当然 顔面ストライクです
立ち止った彼女に駆けよりわたしは叫びました
「これでもうあなたは自由だ
わたしがあなたをきっと幸せにします! 」

すると彼女の真っ赤な唇から
卵まみれの咥え煙草が落ちて
アスファルトの上を転がりました ええ
たぶん ラッキーストライクが──

そうして
彼女はわたしの股間をおもいっきり蹴り上げ
ハンドバックの金具の部分でこめかみを二度三度殴り
倒れた私を鋭いヒールで十数回にわたって蹴り踏み
罵り 唾を吐きかけ 立ち去りました

わたしはその後 失神したようで
しばらくして意識が戻り
なんとか歩けるようになってから
こうして 警察へ出頭したわけです

――刑事さん そんなに 
笑うことはないでしょう



           《ラッキーストライク:2015年5月24日》







自由詩 『ラッキーストライク』  卵から始まるはな詩⑦ Copyright ただのみきや 2015-07-04 14:08:54
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