難破船
あおい満月

『難破船』        あおい満月


(書きたいなら、食べなさい)

誰かの声に瞬きをすると硝子の壁の向こうに、
肉や魚や、
色とりどりに切り刻まれ、
煮込まれた野菜たち、
パンや湯気を立てるパスタやご飯がある。

硝子の箱のなかの私は、
見つめることだけしか出来ない。

(書きたいなら、その硝子を割りなさい)

背中を引っ張る誰かの手を探して
私は硝子を思いきり叩き割る。
血まみれの手にフォークを握り硝子の破片で
切れた口にいっぱいに肉や魚や野菜をほうばる。
食卓の上の食べ物はいっこうに減らない。
私の腹もいっこうに満たされない。

口のなかで唾液と一緒に、
ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ、
食べ物が回転する。
仕舞いには自分の指や腕も食いちぎる。
骨が現れて、
最後に目と耳だけが残る。
私の前には紙もペンもない。
見えない気だけが、
ことばを吐き出していく。

求めるものは、
世界という求めぬもの。
雑踏のなかで、
誰もが素通りしていく。
そのなかで誰もが
何かを食いちぎり生きているものがいることを忘れるな。
左に傾いた背骨の階段が、
絞りきれない雑巾を絞る。
残った水滴に映る海が、
手を伸ばす大きな光を丸呑みして
咽頭の滝に落としていく。

滝の下では、
難破船に暮らす
夜の生き物たちが
黄金色の目をして
満月を占っている。
私が食散らかした
食べ物が転がる床の隅で。



自由詩 難破船 Copyright あおい満月 2015-06-23 21:35:10
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