アリア
あおい満月

あたしの母親の両脇腹には
あずき色に腫れあがった
おびただしいインスリン注射の痕がある
あたしの母親は重度の糖尿病で
両眼は白内障で目が見えない
向かって右目は
塩焼きにしたあとの
真鯛の目に似ている

「母さんみたいになっちゃっちゃあ、終わりだよ」

幼い頃から子守唄のように
聴かされていた母親のことば
夕飯を終えると
あたしはまるでこびとになって
母親が洗った皿を拭く

夜、
母親が寝静まってから
礼拝のようにパソコンに向かう

母親の詩が書きたい

「母親」の詩は、
草原(くさはら)の蒲公英になって咲いているのに
どれひとつとして
あたしのこころにはリンクしない

母親の詩が書きたい

あたしは母親のことばの背骨にある
黒い大蛇の禍々しい情念を
ねこそぎあぶりだしたくてたまらない

「子どもなんか産まなきゃよかった!」
と当時短大を出て間もないあたしが
ことばと生きていきたいと告げたとき
母親はあたしに激しく落胆した

それでも、
あたしは母親との
真の和解を求めている
その日は、
やってくるのだろうか

夢のなかで
あたしは自分の眼を潰す
母親のかみしめている
あらゆる思いを理解するために
あたしの詩はまだ
母親のこころには届かない

岩場の亀裂の闇が
風に凪いでいる
深夜二時を過ぎても
あたしはパソコンに向かったまま
あたしの名を呼ぶ母親の寝言が
アリアのように聴こえる


                    過去作。


自由詩 アリア Copyright あおい満月 2015-06-22 21:09:06
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