『望めても選べない』  卵から始まるはな詩③
ただのみきや

「生きて 在る」 ということを想えば
やはり不完全だ 
「生きて 在る」 ただそれだけでは 
感じ 考え こうして思念で交信する以外
何もできることはない
私たちはどんな姿をしているのか
私たちの外に何があるのか
私たちは知らない

自分の外の様子を自分の外縁らしき部分を通して
感じ取る 微かに 微かに
振動や 温度 明るさ
その淡い感覚の中で
いつしかぼんやりと
意識は目覚め
やがて周りにも同じような存在が幾つもあることを
飛び交う思念によって自然に憶えて往く
思索や想像は自然に共有される
それは波のように伝わり
また波のように返ってくる
そのことで私たちは互いに
どの辺りにどのような個が存在するのかを知る

私たちの唯一 精神的支柱と言えるもの
それは「ケイシャの知識」と呼ばれている
その「ケイシャ」が何者なのか
どうしてそれを知り得たか定かではない
それは思念の波の蓄積によって
延々と流れ 受け継がれた
未知なる世界への 唯一の光明

知識によると
私たちの今在る状態とは
固く鈍い殻に閉じ込められた状態で
やがて「誕生」という過程を経てそこから解放される
「誕生」とは個の外界への出口が開くことで
「誕生」すると 今とは違う形態に変わり
誕生以前の記憶も思念の会話も忘れ去ると言う
外界は想像を絶するほど広大で光に満ち
そこでは思念ではなく声という空気の振動で意思を伝え合い
光を通して世界を また自分の姿をも明確に知るのだと言う

知識によれば
私たちは本来「鳥」という存在であり
「翼」というふたつの大きな突起を持つ
「鳥」は その「翼」を動かして
外界にある広大な上部空間を自由に移動すると言う

知識は言う
やがて外界において長い時間が経過すると
私たちは「誕生」と良く似た「死」という過程を経て
さらに違う形態へ変化し
誕生以後の記憶も様々な能力もやはり忘れ去ると言う
「誕生」と「死」は共に出口であり入口なのだ
それまでの在り方と世界を失い
別の在り方と世界へ移行するもので
一度それを通過するともう決して
元へは戻れないのだと言う

すでに想像を絶せることだが
知識の最後はさらに意味深に閉め括られる

「だが真実は望むことはできても選ぶことはできない」

以前私たちは多くの思念を感じ共有していたが
今は互いに十の個を感じるだけだ
ずいぶん前で定かではないが
いくつもの衝撃と熱源が移動した記憶が残っている
以来 気温はぐっと下がったままだ
何が起きたのか 多くの個たちは誕生に至ったのか
このことはいつも議論の的だ

ある個は 
他の個は皆外界へ向けて誕生したと主張した
だが我々十の個には誕生に相応しくない何かがあった
私たちその何かを見つけ出し取り去るべきだと

またある個は 
そもそも「ケイシャの知識」それ自体が空想の産物であり 
誕生などしないのだ
私たちはみなぼんやりと意識が目覚め
またぼんやりと意識を失くして往く 
他の個は消滅したのだと主張し出した

また別の個は
何事も想像だけで結論するべきではなく
私たちは外界からの振動
光や熱の動きなどを絶えず注意深く観測して
何らかの秩序や法則を見つけ出し
事態打開の手がかりを探るべきだと主張した

けれど私がいつも思念していたのは
知識の最後の部分
「真実は望むことはできても選ぶことはできない」
――どういう意味だろう?
「知識の絶対的信奉者」それが
他の個たちの私に対する思念の細波だった

それは突然訪れた
衝撃と熱がうねり 個がひとつ 消滅した
私たちは思念を限りなく静め
感覚だけをしばし研ぎ澄ました
やがて不安と興奮に満ちて思念が行き巡る
誕生なのか?
それとも消滅したのか?
消えた個の思念は一切感じられない

それから個の消滅は続けざまに起きた
ほぼ同じくらの時間を経て
個がひとつ またひとつ
思念を消して往く
いまや個はふたつのみとなり
不安と恐れが激しく渦巻いていた
誕生 誕生 誕生 誕生……
知識の反芻が幾重にも打ち寄せる

その思念が たった今
――消滅した!

私はひとり残された
初めて体験する思念の無
耐えきれない孤独と恐怖に
私はただひたすら知識を反芻し
自分の思念にみに強く意識を集中し続けた
やがて極度の緊張から
私は意識を失った

かなりの時を経て全身に重力がかかると
私は意識を取り戻した
熱が 取り巻いている
――誕生だ! 
私は確信した
恐れはすでに私から去っていた
誕生だ 光の海 外界へ

押し潰されるような圧力を感じ
すぐに鋭い衝撃が私を貫いた
次の瞬間 溢れる光の中を私は落下し
再び激しい衝撃が私を極度に変形させ――

――熱だあああ! 恐るべき熱うう!
私はすでに私ではないものへ変化しつつあった
誕生 これが誕生なのか!
翼は! 無いぞ何も 翼は何処だ
何も解らない 光の闇じゃないか!
うあああああ熱い熱いあああああぁあぁあぁぁ
違うぞ知識と違うぞ
こんなもの望んでいない
私が望んだのは
私が望んだのは――

 ――真実 これが



                《望めても選べない:2015年5月20日》










自由詩 『望めても選べない』  卵から始まるはな詩③ Copyright ただのみきや 2015-06-20 13:17:11
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