傷を編む
ホロウ・シカエルボク






生ぬるい夜の穿孔だ、レーザーメスのような鋭さと正確さで、おれの魂は一本の絹糸のような血液を吹き上げる、それは紙の上に散らばり、ひとつの未熟なフレーズとなり、そのままで終わる…それは宿命であり、決定的な終わりだ、おれが、正直であろうとするかぎり…


すこし雲は多すぎたけれど、晴れた日だった、国道の電光掲示板が示す気温は、25度か26度をうろうろしていた、このところの、きちがいじみた気温からすればそれはすこし涼しいとかんじるくらいで、おれはずっとすこし震えたり汗ばんだりしていた―50ccのエンジンはきっと、人間がシンクロしうるギリギリのスケールだ―だからおれはこの乗物から離れることは出来ない、194号線、荒ぶる神のような静けさと激しさを湛えた河のそばを流しながら、断絶の意義を確かに感じた正午、農作業をしている連中に昼飯を食わせるための暢気な音楽が小さな集落に流れていた…もちろんおれはそこで飯をくったりはしなかった、人間にはそれぞれにふさわしい場所というものがあるのだ


午後、生命の在り方は自室でのぼせていた、遅くまで眠ることが出来なくなったせいで、時間がやたらとゆっくり過ぎる、それはいいことに違いなかった、だが、そんな流れにはどこか、焦れたような気分を覚えることがあった、なにひとつ、先を急いでいることなどないのに、だ…台所の皿を片付け、茶を沸かし、米を磨いで、その日やらなければならない用事は済んだ、長くプッシュアップをして身体を痛めつけてからシャワーを浴びる、半日日光を浴び続けて赤く焼けた肌が痛むかと思ったが、まったくそんなことはなかった、ときおり、山の深いところでずっと、木陰の中を走っていたせいかもしれない…汚れをきれいに落とすには泡をすぐに洗い流さないことだ、最近そんなことを覚えた、だから、身体を洗うたび、顔を洗うたび、髪を洗うたび、浴室で呆けて泡が汚れを浮き上がらせるのを待っている、そんなときおれは、きっと死体になった自分のことを考えている


昔ほどじゃないが、いまでも時々、インターネットで無残に死んだ人間の写真を見る―べつだん、奇をてらいたいわけじゃない―そこには自分の知りたいことが確かにある、おれは自分でそのことを理解している、それだけのことだ…そんな写真を見ながらおれが考えるのは、たとえば巨大なトレーラーのタイヤに巻き込まれてゴムのように湾曲した肉体がもしもおれのものだったら、というようなことだ、どんな写真でも、そうだ…人生においてほんの数回、事故にあったことがある、一度は雨の日、三輪バイクで配達の仕事をしていて、路面電車の軌道に入り、スリップして線路脇の家屋に突っ込んだ―割れたガラス戸の破片は切れた右脚のふくらはぎに潜り込み、小さな破片や粉は結局取り切ることが出来ず、傷が塞がったいまもこの身体の中に潜んでいる…二度目は過酷な仕事をしていたころのことで、原付で自宅近くの裏道を走りながら転寝をしてしまい、一時停止の小道で止まることなく飛び出し、横から跳ね飛ばされた、あのときのことはいま思い返してもよく判らない、疲れていたからきっと居眠りをしていたのだろうと思う―左脚の膝の上側がウェハースのようにグズグズになり、三ヶ月間膝をつくことが出来なかった、あんなことは二度とごめんだと思った…三度目は、通勤ラッシュでもたつく車の流れの端っこをお構いなしに走っていたところを、車の列を裂いて出てきた年寄りの運転する車に横から突っ込んだ…ああいう瞬間のことを思い出す、あそこからなにも思い出せない、そんなことになっていてもおかしくなかったのかもしれない、と―べつに事故に限った話ではない、心臓が止まる瞬間はきっとすべてが突然なのだ―たとえばそれが長く患った後に来る緩慢な死であったとしても…なにを見ようとしているのか?おれ自身にももしかしたらそのことははっきりとは判っていないのかもしれない、だけど「なぜ」なのかなんて馬鹿げた疑問符でしかない、そこにどんな理由をつけることが出来たとしても、起こる現実にはきっと関係がないとしたものだ


眠るとき、目覚めるとき、あるいは生活の中でほんの少し、いびつな感情のポケットに落ち込む瞬間、おれは自分の死のことを思う、興味のようにそれはいつもそこに在る、いまの隅かはすこし変わったつくりで、やろうと思えばいくつかの手段を簡単に選ぶことが出来る―だけどそれは冗談のようなもので、貪欲なおれには自分自身がどんな状況であろうともそんなことに手を出す瞬間が永遠に来ないであろうことが判っている…人生を歩くとき、そこには見つめる眼である自分自身が居なければならない、そしてそれは出来るだけ、思考と切り離された球体でなければならない…「知る」順番について、生きるものは決して間違えてはならない。





自由詩 傷を編む Copyright ホロウ・シカエルボク 2015-06-15 22:37:17
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