女子高生と人魚
愛心


「ねぇ なんで喋れないの?」

染めたこともないのだろう
黒髪に浮かぶ 天使の輪が揺れて
不思議そうに彼女が私を見た

ほんの気紛れだった

クラスメイトの誰とも関わらず
自分の席で分厚い小説ばかり読んでいるいつでも一人の彼女と
たまたま日直になって 二人きりのクラスで 日誌を記録するシャーペンの音ばかり響くから

その気まずさに声を掛けただけだった

私の不躾な質問に 彼女は動揺するわけでもなく苦笑しながら

生まれつき声が出なかったの

五体満足で生まれた小さな赤ん坊が
大きく口を開けて泣いているのにも関わらず
分娩室から産声は響かなかったらしい と

控えめな美しい字で ルーズリーフに綴った

声が出ないことは悲しくない
声が出ないことは当たり前だから

でも

この当たり前を 誰も認めてくれない

耳が聞こえるのに話せないのは 異様に映るみたい

でも良いの

私はこれが私だから

その瞬間だったと思う

笑みをたたえ 静かに目を伏せた彼女に
私は恋をした

それからの私は 自分でも気持ち悪いくらい彼女の傍にいた

友達になりたい なんて嘘をついて
彼女のことを知ろうとした

彼女の綴る言葉を 噛み締めるように毎日読んだ

絵本になっているような 昔ばなしが好きなことを知った
プールや海が好きで 泳ぐことが好きなことを知った
クラスの楽しそうな雰囲気を 眺めるのが好きなことを知った

優しくて 聡明で 少し我が儘なことを知った

夏休みを控えた頃 私達はお互いの家を行き来する関係になっていた

今でも覚えてる

7月10日 22時45分
彼女から 学校に来て欲しい とメールが来た
特に気にすることもなく 最低限のものだけポケットに突っ込み そっと家から抜け出した

正門前に着いても 彼女はいなかった
どこだろうと辺りを見回していると 携帯電話が震えた

「プールの前」

嫌な予感がした

鍵のかかった正門横のフェンスによじ登り 飛び越えると プールのある校庭まで走った

目隠しとフェンスで囲われたプール
それでも足りないのか 名前も知らない木々が無造作に繁っていた

そのうちの適当な一本によじ登り プールデッキに目を凝らすと
制服に身を包んだ彼女が 携帯電話を握って幸せそうに笑って立っていた
私の携帯電話が震える

来てくれて有り難う
わたしのおうじさま

「王子さまじゃないよ 何をする気なの」
焦りが滲んだ私の言葉
彼女は ぼんやりと光る液晶を見ながら何かを打ち込み 顔を上げた

見て

唇を動かし微笑みかけた
私が携帯電話を開くと 満足げに頷き 自分のそれをプールに投げ込んだ

人魚姫になるの

貴女の私への気持ちには気づいてた
とても とても 嬉しかった

でも 私は女の子で 貴女も女の子で
結ばれないことは 分かってるから

分かったから もう どうでも良くなったの

ごめんね

愛してる

最期の我が儘

王子さまに見届けて欲しい

無機質な文字を読み終え彼女に目をやると 制服のままプールに身を沈めているところだった

月明かりに照らされた彼女の天使の輪が ズブズブと水に沈んでいく

とぷん と
彼女の姿は水に溶けた

私は木から降りると ほんの数十分前と同じようにフェンスを飛び越えて帰路についた













悲しいお知らせがあります
この学校の一人の生徒が 昨夜プールで溺れて亡くなりました
警察の方が来ており理由を調査している最中なので 無闇にプールの近くに近づいたり 詮索することのないように
また このような悲しいことが再び起きることのないよう 各自気を緩め過ぎることのないように
各々自己管理を十分に行い 日々を過ごしてください
それでは亡くなった彼女に黙祷を捧げましょう
黙祷

クラスの委員長二人と担任は 放課後彼女の家に焼香を上げにいくらしい
対して話もしていなかった女子が 目を潤ませながら声をあげて泣いていた
彼女の机にはガラスの花瓶に生けられた菊の花が飾られ 缶ジュースや ぬいぐるみが置かれている

彼女が好きな花はゼラニウムだし コーラは痛いから飲まないし ぬいぐるみより 小さなマスコットの方が好きなのに

朝はあんなにもしんみりしていたのに 夕方になると 何時も通り教室は空っぽになり 校庭から部活動をする楽しそうな声が響いていた

彼女の席に座る

机の中を漁ると 封があいた使いかけのルーズリーフと 読み込まれて手垢の着いた人魚姫の絵本が出てきた

絵本を捲る
ルビが振られ簡略化された物語
ほんの数ページの物語
最期のページ
天使になった人魚姫の隣には ルーズリーフの切れ端がテープで貼り付けられていた
彼女の字でたった一行

「自分の声で好きと言えたら気づけたのに」

気づけたのに 気づけなかった
気づけなかった 気づけなかった
好きだって 愛してたのに
ちゃんと 両思いだったのに

彼女の綺麗な字が滲んだ
ぼたぼたと溢れ出す雫で 滲んだ
声が抑えられず 目からは涙が止まらなくなり 鼻がつまった

ごめんね 有り難う
やっと泣けたよ


自由詩 女子高生と人魚 Copyright 愛心 2015-06-07 12:18:15
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