殺し屋のパラドックス
ただのみきや
職業は会社員
仕事は数字を殺すこと
会社に入るまで知らなかった
仕事は数字を作ることだと思っていた
ところがそれは間違いで
一年の始まりにはすでに数字が
月の始まりにもやっぱり数字が
山と積まれて待ち受けている
その数字をひとつひとつ殺して
消して行くのが仕事なのだ
あらゆる営業活動
にこやかな顔での応対やサービス
遅くまでの残業も
数字を殺すための手段にすぎない
会社は努力に報いてはくれない
会社は数字に報いてくれるのだ
小さな日々の殺戮の積み重ねにより
月ごとの数字軍を葬り去る
きっちり殺せば良し だが
殺し切れなかった数字は集まり勢力を増し
やがて反転攻勢に出る
個人が受けとる給与の数字を少しずつ殺したり
ひどくなると社員の数を殺したりもする
それらの数字は何ら思想もないのに赤と呼ばれ
ついには役員報酬の数字を殺し
株価の数字を殺し
しまいに会社も殺してしまう
そうして数字たちは勝ち鬨の声を上げ
負債総額の旗は高く掲げられる
仮に
死ぬ気で立ち向かい毎月の数字をみな抹殺し
一年の数字を全滅させたとして
翌年なにが待っているか
それは前の年よりさらに巨額な数字なのだ
そうクリアしてもしなくても
数字との戦いは果てしなく続く
負ければ負けるほど自分の数字は殺され
勝てば勝つほど殺さなければならない数字は増え
戦いは熾烈を極めるのだ
だが契約社員のわたしにとって
この戦いを定年退職まで続けられればラッキーだ
そう わたしの職業は会社員
仕事は数字を殺すことだ
そしてわたしの人生も
木々のように年輪を着重ねるものではなく
大根を桂剥きにするようなものなのだ
始めから決められている齢の数を
一年 また一年と 殺し 生きて行く
生きるとは自らの寿命を殺し続けることで
殺し続けて 殺し切って
ついに達成に至るのだ
その報酬は死 やっと
数字殺しの日々から解放されるだろう
《殺し屋のパラドックス:2015年5月30日》