きみがいた、きみといた。
あ。
きみを覆うのは、世界中のあらゆる瑞々しさ。
この土手をもう少し行くと踏切がある
車どころか人だってあまり通らない
斜め前には所々が赤茶色に錆びた鉄橋
電車が通るたびに、じ、じ、じと振動する
きみの好きな場所だ
少し離れた草むらに腰を下ろして
カンカンと音が鳴り始めるのを待っている
横顔に表情はあまり濃くない
逆光にほほの産毛が細く光り
汗ばんだ癖毛はゆるく波打っているやがて電車が通過すると
艶やかに見据えた黒目が
動きに合わせてちょろちょろと震えるように追いかける
幾台分もの会社員や学生を見送り、立ち上がる
土で汚れたお尻を払ってやると
珍しく手のひらを差し出してきた
きゅっと握れば暖かな湿り気が私の皮膚に伝わり
そのかわいらしい指の形に
まるで花のようだと一瞬思ったのだけど
違って、
花を咲かせる土であり光であり栄養なのではないかと
そんな風に思い直して、
きみは私の大層な思考には気付かず
もう片方の手で器用にねこじゃらしを抜いて
ゆうらゆらともてあそびながら
歩いてた、夕焼けしあわせに
玄関先で脱ぎ散らかしたままの靴下には
名前も知らない夏草が
こっそり私を覗いてた、まるできみだった