硝子の質量
伊藤 大樹
ついに鳴らされた音のために
ついに発せられなかった言葉を思うとき
街は 列車は 夕陽は 失われる
冷たい深海魚の 冷たい尾鰭
夏の日に 生き物ははかない光だ
溶けずに残っている便箋
病棟の青白い蛍光灯
廃墟のなかの闇
美しさとは ほとんど醜さだ
硝子にとってもっとも厳しい質量は硝子だ
どんな柔弱な光も拒む
その明晰さが
私の病だ 私の杖だ
雨のために流したどんな涙も
風のために零したどんな言葉も
もう泣けない
もう囁けない
生きることは ほとんど死ぬことだ
自由詩
硝子の質量
Copyright
伊藤 大樹
2015-05-20 20:30:51