987
mizunomadoka

7

列車は一時間遅れで駅に着いた
駅員に辻馬車の手配を頼む

行き先を告げると
あのお屋敷にはもう誰も住んでおりませんが
と御者が問うので

私は構わないと頷き
門の所までで良いと伝える

馬車は森を抜け
人気のない道を走っていく
冬は明けたのに痺れるような寒さ
トランクから膝掛けを出して
汚れた窓から外を見る
もう夜のように暗い

目を閉じて揺られる
鈴が鳴り
アーチが見えたと御者が言う


8

門は閉ざされている
鎖で巻かれ錠が下りている
不安げに私を見つめる御者に
銀貨を二枚渡す

馬車の明かりが消えるまで見送って
カンテラに火を点す

鉄柵に沿って歩く
庭は荒れ放題で
伸びすぎた枝が飛び出している
窓には鎧戸

ポケットの鍵を確認する
戻ってきた

あの人の言うとおり
裏門の鍵は当時のままだった
庇のおかげで錆びもなく
わずかな抵抗で扉が開く

道を覆う雑木をトランクで押し分けて
足下の砂利を頼りに進む
屋敷の裏手に出ると
使用人口と厩が見えた


9

屋敷に入ると
私を帰さないように雨が降り出した

調理台にカンテラを置き
トランクからナイフを取って
靴を脱いだ

廊下に出ると食堂から光が漏れていた
音を立てないようにそっと近付く
半開きのドアの向こうに
彼女が座っている
出来の悪いホラーのように俯いて

私のことを知っていたのではなく
待ち続けていたのだろう

彼女は顔を上げた
まだ美しかった

無音で立ち上がって
私の手首を掴んだ

氷のような声で

「あの子は死んだのね」そう言って笑った









自由詩 987 Copyright mizunomadoka 2015-05-18 05:21:55
notebook Home 戻る