食べる 二編
乾 加津也

パンが食べたい


結婚して子供をもうけたが
三十過ぎに発覚した病が原因で離婚
その後は親もとで闘病生活の女性を担当している
駅前のマクドナルドで聞いた
きみの近況

脳下垂体の異常のために
食べたものを呑み込めば肺に入ってしまう
日々の情緒障害もあって、母親にもかなりの心痛を与えるのだそうだ
胃瘻で食べられないなら死んだ方がましと訴えるひとは
毎日、パンが食べたいと懇願する

秀でた映画監督やミュージシャンが
才能の枯渇を理由に自死することもある
生きるための
最低限さえ許されない人にすればなんて贅沢な死に方か
怒りさえこみ上げるだろうねと
軽く、ことばにしたものの
人の価値観はそれほど多様なものなのだ

こうしてハンバーガーを食べる
自分

食べて満足した胃袋が
いま、おまえはもっと食べろと
胃壁をそろりと刺激してくる

パンが食べたい
パンが食べたい
ハンバーガーをもう一つ買い付け
黙ったまま、涙ながらに
(きみに悟られず)
食べてはみた





食べる、食べよう


袖捲りのビジネスマンに紛れて
人通りも激しい、野郎ラーメンの前を歩く
あなたの足取りは軽い
昼の新橋
視線をあちこち巡らせながら
レディースリクルートスーツに身を包んだあなたの
ひとりでも楽しくて仕方がないといった顔が若く、輝く
瞬間の連続の生を最期まで楽しく貫くのに
炎に似た、しなやかな意思が要ることを
あなたもこの都会で知るだろう

 あなたの横を
 両手を
 ぼろぼろのズボンのポケットに落しながら
 いつかの曲がり角で希望を逝かせた
 腰のまがった老人がゆっくりと行き過ぎる

今日も食欲がやってきた
ひとは食べずには生きられないのだから
食べよう
(お日様に見守られながら)さあ、
食べよう
(己の希望を見いだせるように)

楽しく 食べる
儚くとも 食べる



自由詩 食べる 二編 Copyright 乾 加津也 2015-05-14 00:32:48
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