夜と重なり
木立 悟
視線の爪を切りながら
空を横切るむらさきの溝
曇にも屋根にも放たれる
音より遅い花火たちの粉
うつろな器の重さに驚き
なかのものをこぼしてしまう
姿の無い痺れを
こぼしてしまう
腹に生えた羽
厚塗りの景色
午後は猫を抱く
雨をゆく鏡
鬼の息が
水たまりの底を晒す
指のあいだから漏れる光が
夜の方位の顔をなぞる
多重の夢の
小さな生
つらなり つらなり
見えなくなる径
常に行方を
呼吸する径
窓の数だけ蜘蛛が居て
硝子の傷を舐め取っている
ぽたぽたと散る夜を
舐め取っている
蒼 銀 灰 黒
なだめる過程
削り取られた音の粉を
雨の上で震わせる夜
夢はすべてほんとうであり
忘れることも分けることもできない
だからこそ忘れ だからこそ分け
ひとつのほんとうを選びつづける
目と目のあいだに何かがあり
小指の外側にも何かがある
常にそれらを忘れながら忘れず
重なる響きを重ねつづける