World of sorrow
opus

犬が寝息を立てている
ラジオから軽快なJAZZが流れる
コトコトと白ワインでトマトを煮る

犬の隣に座って
本を読む
それはとても奇妙な小説ではあるが
これと言った内容が無い物語

6畳一間の屈託の無いアパートに住む
髪を短く刈り込んだ大学生の
男の子が
同年代くらいの幽霊の女の子と過ごす話
女の子は幽霊なのだが
別に普通に会話するだけ
一緒に楽しくTVを見て
出て行く彼を見送り
帰って来る彼を迎える

彼が出先で
事件という程でも無い出来事を
経験し
それを彼女に話す
彼女はそれからある推理と妄想をし
その意見を彼に言う
彼はそうかもしれないと言い
でも、こういう事かもよと
彼女の意見をふまえた
意見を返す
そんな風に二人の意見と物語を作り出し
ある物語においては実証し、
ある物語においてはそれで終わる

最終的に彼女はその部屋からいなくなる
ありがとうと彼に言う
いえいえと彼は答える
彼女はコクリと頷くと
その部屋のドアを開け、出て行く
そして、二度と帰って来ない

煮込み終えたトマトをタッパーに詰め
冷蔵庫に入れる
犬が散歩を急かすので
リードを付け
外に出る

彼女は幽霊だから彼に触れられない
彼どころか物理的な干渉は何も出来ない
また恐らく、部屋から出る事も出来ない

彼女は彼と話している時
とてもよく笑う
よく冗談も言う
時々、自虐もする
彼もそんな感じ
二人とも弱音を吐いたり
落ち込んだりなどしない

いえいえ、と彼が最後に
言葉を発した時も
彼は顔に笑みを浮かべていた
そして、
「二度と彼女は戻らなかった。」
とそれで終わる

空が夕焼けに染まる
夕焼けが近くの山の輪郭を映し出す
大きな鳥が3羽空を翔ける

自然と涙がこぼれる
感情と情景と小説の読後感がリンクする

犬がクーンと尻尾を振り
此方を見上げる
頭を撫でる

遠くの何処かから
17:00を知らせるチャイムが鳴り響く
きーんこーんかーんこーん
きーんこーんかーんこーん

家に帰り
犬の足を洗い
トマトのワイン煮を食べる
とても美味しい
一切れを犬にあげると
むしゃぶりついて食べる

ドアが開く
「ただいま」
私は答える
「お帰りなさい」

「今日は出先の会社で面白い事があったんだよ。」

私のお腹には新しい命が宿っている

彼の舌が私の唇をこじ開ける

丸い月が登る
星が瞬く
空気が澄んでいる

彼の寝息が聞こえて来ると
ベッドを抜け出して
冷蔵庫を開ける
トマトのワイン煮が
あと3切れ残っている
それを口にねじ込み
咀嚼する

美味い


自由詩 World of sorrow Copyright opus 2015-05-07 08:04:04
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