君に触れるということ
竹森

パソコンは
増えて
一台に
一匹
ゴキブリを
棲まわせる

これで
終わり
清潔な
世界へと
増え過ぎた
ゴキブリは
一匹に
一台
パソコンを
用意され
出荷される
この世界
より
美しい世界
まで

ナナ、
僕らに残された
この世界
限られた資源
水力
光力
火力
風力
原子力
砂漠を抜け
高原
滑走路から

海を渡り
異国の言語へ
活字を綴り
物語の地平へ

ナナ、
3ポイントを貯めて
僕は君に触れてみたい
50ポイントを貯めて
僕は君を撫でてみたい
布団を畳み
窓を開け飛行機雲を目で追う
1000ポイントを貯めて
いつかきっと
君を手に入れる

僕の仕事はパソコンの中にゴキブリを入れる事です。ゴキブリは一台につき一匹と決まっているので、二匹入ってしまった時にはパソコンを一旦分解しなければなりません。何故ならゴキブリは逃げ足が早く、人の手の届かないほんの些細な隙間にでも入り込めるからです。ゴキブリには消毒されたゴム手袋を嵌めた手で触れます。力を込め過ぎればゴキブリから白い体液が漏れ出してしまうし、かといって弱過ぎればゴキブリが手から抜けてしまいます。ラインの外に逃げ出したゴキブリを捕まえるのは一苦労でその時間のロスは作業者全員の連帯責任となり、賃金が削減されます。僕が貯めたいのはお金ではなくポイントなのでそれは構わないのですが、一人で何人分かの暮らしを賄わなければならない妻帯者はそうもいきません。自分のせいでラインを止めて皆でゴキブリを捕まえる事になったら、その後の休憩時間中に皆に頭を下げて回ります。そうして許してくれなかった人はいません。(ただ一度、自分の逃がしたゴキブリが隣の人のパソコンに入り込んでしまった事があり、その時は頭を下げるだけでなく、缶コーヒーを一本その手に握らせました。彼はそんな事しなくていいのに、と言いながら、遠慮がちに蓋を開けました。)

僕がパソコンに詰めたゴキブリはこの世界よりも美しい世界に出荷されていきました。ゴキブリの感触に慣れたこの手がもうゴキブリに触れられないと思うと言い知れぬ喪失感に襲われます。僕、いや僕らの手にとって、いつの間にかゴキブリは喪われた故郷になっていたのでした。最後のトラックを見送った夜、僕らは泣きながらアルコールを(その夜ばかりは未成年者も)一晩中飲んで明かしました。僕らは僕らのした仕事を誇りに思います。

その夜、
この世界
より
美しい
世界から
増え過ぎた
ナナが
一人に
つき
一人
入荷
され
ました

僕らは
ナナに
それぞれの
服を着せ
それぞれの
名前を
与え
それぞれの
食事を
与え
ました

誰も
不満は
初めから
抱いて
いませんでした
抱いて
いたのは
喪失感
だけでした

僕は
手が
手だけが
ゴキブリの
弾力に
慣れており
手が
手だけが
ゴキブリを
憶えて
おり
故郷だと
感じて
おり

ナナは
しかし
一晩を
かけて
その手で
僕の
手を
ほぐして
慰めて
くれ
まし


僕が
ナナの為に
いや
僕自身の為に
用意した
ショーケース
地下の
換気扇の
唸る
拷問部屋
そこで
用いる為の
多彩な
器具
たとえば
大きな
首切り
包丁
それらを
全て
捨て
僕は
再び
善意の
人に
なろうと
決め
ました
たとえば
蟷螂
それを
シュレッダーに
詰めて
この世界
より
美しい
世界

送り届ける
人に
なる
のも
良いと
思い
ます


自由詩 君に触れるということ Copyright 竹森 2015-04-29 23:18:03
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